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映画『ミセス・ハリス、パリへ行く』感想

予告編
 ↓ 


貴賤


 ポール・ギャリコによる同名小説を実写化した本作は、イギリスのおばさん家政婦がクリスチャンディオールのドレスに一目惚れしてパリへ買いに行くという物語。

原作は読んでいないしファッションのことには疎いので専門的な話はできないけど、とても素敵な気持ちになれる映画でした。


 過去に書いた映画『イーディ、83歳 はじめての山登り』の感想文の中でも述べたと思うんだけど、ある程度の年齢を重ねてからの方が、むしろ若者よりも行動力があるんじゃないかと思う。(ちなみに、彼女を演じるレスリー・マンヴィルは現在66歳。主人公ミセス・ハリスの物語上の年齢は不明。)老い先短い、というほどの齢ではないにせよ、迷いの無さみたいなものが窺い知れる、怖いもの無しの姿勢で、ろくに言葉も通じない外国へ単身向かった彼女の珍道中感はとても面白い。何かを決意したおばさんの躊躇いの無い行動力に周囲が気圧されたり、困惑したりする様子に、クスッとさせられてしまいます。


 その一方で、初めてドレスに目を奪われる瞬間や、ファッションショーで素敵なドレスに出逢った瞬間の彼女は、まるで子供に戻ったかのようなキラキラした表情をしている。最初こそ軽くあしらわれてしまったものの、純粋にディオールのドレスに恋をするハリスを、スタッフやショーのモデルたちが「どうにか買わせてあげたい!」とばかりに、こぞって手を差し伸べていく様がとても良い。

物語全体の方向性として、善意の美しさと、その善意が巡り巡って返ってくるという美しさなどが際立つハッピー感が醸成されてはいるものの、殊、このシーンに関しては、どこか『ベンのトランペット』風というか、目を輝かせる子供のために手を貸したくなっちゃう気持ちに、強く共感してしまいます。

それこそ周囲のVIPたちの醜さがあるからこそ、ハリスの純粋さが引き立っていたんだとも思える。


また、これも僕がよく用いる言い方なのですが、本作の主人公ハリスからは、“この人には幸せになって欲しい”感が滲み出まくっている。不幸があって可哀そうだからとかもあるかもしれないけど、それ以上にシンプルに「善人には報われて欲しい」と思ってしまうのが世の常、人の常。そしてそれは、それを見ている観客自身の願いにも等しい。だからこそ、人は人に優しくできるのかもしれないしね。

たしかに本作は綺麗事かもしれないけど、それがまかり通るから、ある種、人生讃歌や人間讃歌としての魅力にも溢れているんじゃないかな?



 そういえば、昨年の半ば頃でしたか、『底辺の仕事ランキング』などという言葉が話題に上がったのは。「職業に貴賤なし」なんて言い方はどこか都合の良い解釈のように思えなくもないですが、少なくとも、職業の違いによって人格の貴賤が決まるなんてことは絶対に無い。

本作は、夢や目標を持つのに遅過ぎることはない、或いは誰もが輝き得る、価値ある人間であるということなど、そんな素敵なことを教えてくれる。先述したように人生讃歌のような物語でありつつ、ブルーカラーといった業種へのリスペクトをも内包する労働者讃歌のような作品にも見えました。


 普段の彼女からは、どこか自身の仕事に対する誇りのようなものが窺える。しかしながら、彼女を雇う人々は、働く者に対する敬意が欠如している。彼女の自宅が暗めで半地下というのも、労働者が社会的にどういう見られ方だったかをわかりやすく視覚化してくれているよう。

ドレスを買いに行ったパリの街も似たようなもので、一握りの人間が上にのさばり、労働者を蔑ろにしていた。街中がゴミだらけなのに、ディオールの店舗だけが妙に綺麗なのもとても印象的でした。


 そんな当時(劇中では1950年頃)のディオールは、劇中でも語られていたように “現実味” が無く、それは “夢のような贅沢や華美” という意味以上に、一般庶民との乖離を表しているよう。

 けれど、そんなディオールの中にも、採寸する人、生地を裁断する人、裁縫をする人など、多くの働き手がおり、その先にディオールの象徴たるオートクチュールのドレスが存在する。

ハリスはドレスを見るために店の中を案内されるのだが、ドレスの完成形が飾られている部屋に辿り着くまでの導線はいくつもの作業場を通っており、そのドレスが多くの労働者の支えの基に生み出されていること、職人たちの労働のその先にドレスが存在していることが示されている。


また、奥の部屋に飾られているドレスだけがやたら煌びやかで、周囲のほとんどが白い色で統一されていることも、色味の差で支配階級と労働者階級という構図を暗に示していたとも見て取れるから面白い。


 ちょっとごちゃごちゃ語ってしまいましたけど、簡単に言うと本作はイイ話です。そしてイイ話はイイのだ! これに尽きます笑。 普段、小難しく考え過ぎてしまいがちだな、僕は。


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