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映画『娘は戦場で生まれた』感想

予告編
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私は無知


 こういった類の作品を観ると大概、鬱……とまではいかないまでも暗い気分になりがち。内容の残酷さに精神が疲弊してしまうというのもありますが、問題を認識していながら何もできない自分……、もっと正直に言えば、何もしようとしない自分への自己嫌悪感と、頭の中で言い訳を構築して目を逸らし、前向きに開き直っている自分への自己肯定感が上手に折り合いをつけられないでいる感覚に疲弊し切っています。

 いや、「こういう類」だなんて一括りにしている時点で自分は正しく認識できていないのかもです。だからこそ、本作は衝撃的でした。作り手の主観が強めのドキュメンタリーは決して珍しくはありませんが、それはジャーナリストや映画監督などに限った話。

 タイトルにある “娘” の名前はサマ。原題を『for Sama』とする本作は、一人の当事者である一般女性が自身の娘に「あなたの故郷がどんな場所(だった)か」を伝えるために撮ったものが、奇跡的に映画になったもの。娘へのメッセージが、世界へ向けたメッセージとなっています。映し出される問題だけでなく、映し出されない隠された問題までも提示しているように感じられる本作は、至高のドキュメンタリー映画と呼べるかもしれません。

 (他人に言えた義理じゃないですが→)問題から目を背けることは悪ではないけども、こんな映画を観られる機会はなかなか無いんじゃないか!?と思ってしまう。なのに、この上映館の少なさよ! 都内では渋谷イメージフォーラムのみだなんて……。オスカーにノミネートされてもこの程度なのか……。うーむ、悩ましい。



 他人の見解無しで観た方が良い、ってのはドキュメンタリーに限った話ではないかもしれませんが、本作は特にそう。なぜなら本作は、隠された秘密や知られざる何かを詳らかにする、告発・糾弾するといった断定的な物言いの作品ではないから。——こんな現実がある、どう思うか。こんな声がある、何を感じるか——そんな自問自答を誘発してくるような作品。

 この映画……というか本作で流れる映像を撮ったのは、サマの母親であるワアル。恋愛をしたり、子供を授かったり、彼女の人生の一部が映し出されています。そんな日常風景が沢山織り交ぜられているのは、彼女がジャーナリストでも映画監督でもないただの一般人だから。そしてそんな彼女が撮り続けてきたからこそ、戦争が日常に浸食しきってしまっていることがよくわかる。どれだけ理解を深めようとも多くの人にとっては画面の向こうの出来事、遠い地の出来事にしか認識できない。現地を取材する者たちですら、帰れる場所を持っている人たちでしかない。彼女のような当事者たちは皆が、世界中が、戦地を他人事のように考えていると感じているのではないか。そう思えてしまう程、彼女の語りは心に響く。過激な映像とは対照的に酷く冷静な語り口のせいもあるのかもしれません。

 彼女の活動はSNSを通じて世界中に発信され、数千万人の人々がフォローしている。その上で「数千万人が見ているのに変わらない」という言葉は、何もできない自分には重くのしかかる。改めて述べますが、目を背けることそれだけでは悪ではないと思います。しかしこんなにも変わらないのが現実なのだ、と突き付けられたよう。薄情とは、残酷以上に残酷なのだと痛感した瞬間。


 「他人の見解無しで観た方が良い」という旨を記しちゃったから、きっとこの辺りの文章を読んでいる人は既に本作を観た人かな? まぁ未見でも全然問題無いのですが。色々と気兼ねなく書いちゃっているので。一応ね。


 パニックに陥る病院内で撮影しているワアルに気付く女性が口にする「全部撮って」「何もしていないのに」とかも非常に印象的。怒りや悲しみといった感情が溢れる中で、カメラを見つけて真っ先に選択した言葉がこれか、とハッとさせられる。助けを求める、悲しい現実を嘆く等の色んな想いを孕んだ「知ってくれ」ともとれるメッセージ。現在の情報過多とも言える飽食の時代ですら、世界の視界に入っていない悲鳴があるのだと知らしめるシンプルな一言。マイケル・ムーア監督が「史上最もパワフルで重要なドキュメンタリー」と述べていた理由は、こういったところにあるんじゃないかな。


 ワアルの視点を通して常に戦場のリアルが映し出されていく本作。邦題がまるで “戦場だけ” に焦点を当てたようなタイトルになってしまっているから未見の方には勘違いされそうですが、この『for Sama』は、戦場の様子や残酷さ、そしてそんな過酷な地で勇敢に戦う者、或いは勇敢であろうとする者たちなど、アレッポの今を映し出すことで、映像としては映し出されていないはずの世界の表情をも観客に明確にイメージさせる凄まじいドキュメンタリーです。


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