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映画『バハールの涙』感想

予告編
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 明後日、7月30日(日)よりHuluにて配信開始予定の本作。

 日本での公開は2019年。当時の話とかも混ざってはいますが、よければ読んでくださいー。


鳥かごの中


 この類の話は本当に重いのです。まぁそんなことは言わずもがな。ただ、平和な国で暮らしていると、意識していなければ情報が入ってくることは少ない気がします。無論、本作を含めドキュメンタリー映像等を観ているだけでは何一つ理解したことにはならないのは百も承知ですが、目を向けようとするきっかけにはなるかもしれません。たしかに本作の物語は創作、けれど、その舞台として描かれている事態は、現実のものとそう遠くはないはずだから……。

 こういった重たい話なのに年齢制限が無いのは、年齢に関わらず様々な人が観られる機会を生めるようにするためなんだと勝手ながら思っています。だからこそ暴力等の過激な描写が直接的ではない。まぁそれでも(繰り返しになりますが)重い話に変わりはありません。劇中で主人公バハール(ゴルシフテ・ファラハニ)が女性ジャーナリストのマチルダ(エマニュエル・ベルコ)に向けて口にした「真実を伝えて」というセリフが、タイトル(原題『GIRLS OF THE SON』も邦題も共に)も相俟って、「本作そのものがバハールという架空の人物の現身、或いはバハールの想いの権化のようだ」と錯覚させられる。

 余談ですけど、このマチルダのモデルの一人となった、実在した女性ジャーナリストの伝記映画が秋口ぐらいに公開するらしい……(『プライベート・ウォー』(感想文リンク)のこと。)それも観てみたいな。



 本作の見どころは、中東の紛争地域で起きている問題を、バハールを含めた女性たちの視点で描いているところ。被害者、一女性、母親、戦闘員といった様々な視点の境目を不明瞭に、或いは同時に描いたかのような映像には素直に惹き込まれてしまう。ただでさえ過酷な環境で、少しでも心のケアに繋がるようにと焚火を囲んで皆で踊る姿を、銃を携えた戦闘員越しに映すシーンが合間に挟まれるだけで、「やっぱり気は休まらないのだ」「心のどこかには恐怖がこびりついているんだ」という彼女たちの心情、そして明るく振る舞ってはいても未だに戦争の真っ只中に居るという状況を如実に表してくれる。

 中でも鳥かごの鳥は凄く印象的。必要以上に狭い鳥かごは、あまり大きなものを手に入れる余裕が無いという経済的事実というよりは、物語の舞台となる戦地に暮らす彼女たちのメタファーのよう。かごの中の鳥は檻の中の人々。人間としての尊厳も女性の純潔も何もかもを踏みにじられる環境に閉じ込められ、身動きすら取れない様が観客にそう思わせる。

 更に言えば、鳥かごが印象に残った理由はそれ一つだけではなく、(バハールの息子を含めた)子供たちにも見えてくるからでもあります。以上のことと同時に、檻に閉じ込められたという事実が、ISに拉致・誘拐された子供たちの存在とも重なる印象でした。

 最期の最後に飛び立つ鳥は、解放された子供たちなのか、それともバハールの心なのか。前者が含まれているのは間違いない気がしますが、果たして後者はどうなのか……。これは、マチルダとバハールが別れるラストのシーンで、バハールが日常に戻るのか戦場に残るのかを明確にしていなかったからこその問い。それはある意味、息子を救っても戦争からはまだ逃れられない悲惨な現実を暗示していたのかもしれません。



 感想文の冒頭でも記しましたが、あくまで本作は創作。現地の過酷な環境を世界に届けるならフィクションではない方が良いと考える方も居るかもしれません。現実に起きている事態の中から都合の良い部分だけをトリミングして、“泣ける”、“感動” という謳い文句を添えて映画を撮っただけと言われることも、時にはあるかもしれない。でも、個人的には決してそんなことはないと思うんです。

 確かにドキュメンタリー作品が持つ真実味の強さは凄まじいけれど、事実の列挙だけでは伝わらないこともある。誰か見知らぬ人々が虐殺されているという事実を、「殺されるかもしれない」と怯える人の目線で描くこと。銃を持つ子供の姿を目にした時に「悲しい現実」と客観的に解釈するだけではなく「あれが自分の子供だったら」と恐れる人の視点で描くこと。……これら主観的な感情に訴えかける作品は、人の心に強く刺さり、訴えかけるもの。

 時には事実よりも感情にフォーカスした方が、想いが伝わるかもしれない。フィクションというフィルターを通すことで「海の向こうにある遠い国(スクリーンの向こう側)の出来事」に対して、幻想なのかもしれないけれど、そこに存在する気持ちを想像出来得る。もちろん、客観的なことも大切だけど、こういった形で共感・想像できるように描くのは、映画だからこその魅力なのかもしれません。


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