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映画『ティル』感想

予告編
 ↓

PG-12指定


今なお


 1955年のアメリカで、14歳の黒人少年が白人集団に拉致され、その後、リンチの末に殺害された実際の事件を基にした本作。「こういう作品」と一括りにしてしまうのは適切ではない気もしますが、『フルートベール駅で』や『黒い司法-0%からの奇跡-』(感想文リンク)等々、実際にあった人種差別の事件等を扱う作品はいくつも存在し、特に近年では多く制作されている印象もあります。あくまで個人的にですが。

 そして本作で描かれている事件もまた、世間に大きな影響を与えたものの一つ。本編ラストのクレジットでも語られていた通り、少年の名前にちなんだ「エメット・ティル反リンチ法」も制定されています。このように本作は、起きた出来事については広く知れ渡ってしまっているが故に、いわゆるネタバレは避けられないものなのかもしれません。ですが、もはやネタバレなんて関係ない作品。殺害されたエメットの母親であり本作の主人公であるメイミー・ティル(ダニエル・デッドワイラー)が劇中で口にしたセリフを引用しますが、本作は「見なきゃ」と、そう思わされる映画です。

 とはいえ、以下ネタバレ混ざりますので、気になる方はご注意ください。




 

 戦争で夫を失い、最愛の一人息子すらも奪われた母親の想い。そして、こんなことが二度と起きないようにと働きかけたこと。本作には、その両方の想いが込められているように思います。母親の心情にフォーカスすることが多い物語ですが、この映画の存在自体が、メイミーが生涯をかけて発信し続けていたことにも繋がるように思えてなりません。とても痛みを感じるような内容ではありますが、それを伝えることこそ、本作の役割の一つのはず。

 その象徴の一つとも思えるのは、死体の描写。エメット本人の死体であるかを確認するため、メイミーの前で布が外されるシーン。手前に、なにか手すりのようなものがボヤけて映っているため、その手すりによって死体は隠されている。「死後、川の水に浸かっていた」「片目がくり抜かれていた」「あちこちの骨が折れていた」等々、原形を留められないほどに損傷していた死体は、映しようが無い、だからこその描写……。そう思っていたからこそ、急に画角が変化し、死体が映し出された瞬間に驚かされた。人の目に触れさせること、それ自体もメッセージになる、変化のきっかけになると考えたメイミーの想いを形にしたような表現だったと思います。

 

 彼女の想いという点でいえば、クライマックスの演説も見どころ。先ほど「実際にあった人種差別の事件等を扱う作品はいくつも存在」と述べましたが、この演説シーンは、それらの中でも本作を特別なもののように感じてしまった瞬間の一つでした。予告編でも語られていた「どこかで起きている悲劇は全員の問題である」も、とても胸に刺さる言葉なのですが、その直前に彼女が口にした言葉の方がハッとさせられます——「私も今まで無関心だった」——。

 人種差別問題に限らずですが、事件や事故の被害者または遺族が声を上げ、社会を変えようと呼び掛ける際に、「たしかに今までは無関心でした」と、自分自身がその問題に対して意識を向けてこなかったと認めることは、とても勇気が要ることだと思います。けれど、彼女が語り掛けている対象は、そういった“過去の自分自身のように無関心な人”。認めた上での言葉だからこそ、世の中を大きく変えたのかもしれません。

 

 劇中、「南部ではよくあること」「大したことのない事件を大袈裟にしている」という心無いコメントがTVから流れたり、主犯格の白人男性の顔がほとんど映されなかったり、裁判での傍聴席、それどころか陪審員席の人々すらヘラヘラしていたり……。エメットの事件が如何に軽視されていたかが窺い知れる。また、実際のリンチシーン、それそのものは描かれてはいないことも、「どこか知らない場所で起きていること」というものを連想させ、延いては、世の人々が無関心であることを強調しているようにも見て取れます。

  そんな本作は、メイミーらの視点で描かれているからこそ、それらの描写が恐ろしく不快に感じられてくる。だからこそ、声を上げる意味・意義があるとわかるし、そうやって動き出した彼女の心情に想いを馳せられる。

 


 主演のダニエル・デッドワイラーの存在も重要な気がします。本編でメイミーの母・アルマを演じ、本作の制作にも携わっているウーピー・ゴールドバーグがインタビューで述べていたように、ダニエルは、それほど知名度のある役者ではないそうです。
 実際のキャスティングにそういった意図があったかは知る由もありませんし、オーディションの末に彼女自身が勝ち取った役ではあるのですが、「名も無き一人の母親が時代を動かした」という本作の物語を改めて意識させられるような存在だと思います。本作はタイトルの通り、エメット・ティルについての映画であり、メイミー・ティルについての映画でもある。だからこそ、その象徴となる主演俳優の存在についても、深読みしてしまったのかもしれません。


 

 先述の「反リンチ法」が制定されたのは昨年のこと。近年でいえばジョージ・フロイド氏の事件や、BLM運動の過熱なども含め、本作の事件から半世紀以上経った今なお、人種差別は残り続けている。バイデン大統領が「人種的憎悪は過去の問題ではなく現在も続いている」と発言していたように、構造的に加害者が守られてしまうような社会になってしまっていることも含めて、残念ながら、これが今の現実。まだまだ変化は必要。この事件を過去のものとして描くだけではなく、今の世の中を動かし得る、そんな一本だったと思います。


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