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映画『ボイリング・ポイント/沸騰』感想

予告編
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PG-12指定


 今月、25日と29日に #WOWOW にて放送予定の本作。

ネタバレのタグは付けていませんが、軽いネタバレ……というか先が読めてしまうかもしれない述べ方をしている部分もある(「※ここから、軽いネタバレ~」と記載している箇所以降)ので、お気を付けください。


リスク


 全編ワンカット、ノー編集、ノーCGという触れ込みが気になって仕方がなかった本作。クリスマス時期の週末の夜、ロンドンにある高級レストランを舞台に、様々な人間模様が描かれていきます。初めのうちは、様々なトラブルに見舞われながらもお店のスタッフ一丸で忙しさを乗り切っていくという、映画『ディナーラッシュ』(感想文リンク)みたいなイメージで構えていたのですが、どうも様子や雰囲気が違う。厨房やホールのリアリティ、群像劇的に描かれていくという点ではたしかに共通点もあるけれど、一軒のレストランの中という小さな空間だけが舞台とは思えないほど、多くのことが描かれていた印象です。


 お店の料理長・アンディ(スティーブン・グレアム)を主人公にしているので、仕込みだ、仕入れだ、味の確認がなんだかんだと、多くのスタッフが様々な用件で違和感なくアングルに入り込める。逆もまた然り。このおかげで、編集無しのワンカットながらも多くの登場人物にスポットが当てられていたんだと思います。また、“今まさに開店→営業” という忙しない流れと、ワンカットという臨場感が、画面の外から会話に割り込んでくる強引さをアリにしてくれている印象です。僕も厨房に立っていたことがある(ファミレスのバイト経験と並べて良いようなお店じゃないですが)ので、本作の慌ただしさのリアリティには鳥肌が立ちそうでした。

 何よりこのワンカットという手法のために、観客の気が休まらない。というのも、作品のド頭から遅刻を謝るセリフでスタートし、暗転が解けたら急ぎ足で歩く主人公が映され、家庭の問題も山積みで、店に着いた途端にアレやコレやと急かされ、他にもスタッフが遅刻だとか、抜き打ちの衛生検査だとか……。てんやわんやで始まったまま、ずーっとカットが変わらないので息つく暇もない。そして作中、コロコロと変わる目線に比例するかのように、問題や課題がどんどんと上乗せされ、しかもどれもが解決できないまま増えていく一方。誰の、何が、とまではハッキリとしないものの、沸々と、けれど確実に沸点へと近づいていく感じが非常にスリリング。これらはレストランに限らず、どんな職場でも存在し得るストレスとリンクすることも往々にして考えられるため、中にはこのストレスに耐え切れない人も居たんじゃないでしょうか。それほどのリアリティ。


 また、始まって早々、衛生検査の名目で店中を移動して映しておいたことも、リアリティを醸成した一つの要因だったように思います。店内の各箇所をチェックするという名目で、厨房やホールやバックヤードなど、それぞれの距離感が明確に示されるから、各登場人物の位置関係が曖昧にならず、一つの問題を眺めながらも他の問題との距離感も常に意識させられてしまう。これもまたワンカットの強みなんじゃないかな。

そんな様々な見どころは、ワンカットという味わいをもってこそ、より際立ちます。配信やDVDで観るにせよ、倍速再生ではこの感覚は体験できないんじゃないかな。それこそ、こんな文章なら尚更ね。



 本作では、事態を緊迫化させるためかのように様々な課題に直面していくのですが、先述した通り、レストランに限った話ではないことがとても多い。トップや上層部の不始末や不手際に頭を抱えるのは、常に現場の人間。不必要に大声で怒鳴っては、理屈を捏ねて正当化する。都合良く「チームで」「みんなで」と美化した精神性を宣うわりには、何か起きれば責任転嫁する。アンディが一概にそういう人物だったというわけではないし、その良くない手本かのようにライバル店のシェフを登場させて見せてはいましたが、同時に、彼に落ち度が無かったというわけでもない。中には自分だけが様々な要因で疲弊し切っているように語る者も存在するけれど、本作では、アンディ以外のスタッフにも色々な悩みや葛藤があることが描かれています。


 ※ ここから、軽いネタバレになってしまうのでお気を付けください。 ↓



 最期の最後、ドラマとしては良い方向へと向かい始める感じにはなるものの、結局はあまりにも遅すぎたことが示されて終幕する本作。エンドクレジットの最後に映されたハッピーな集合写真は、失ってしまったものの大きさを表現しつつも、何よりも劇中で散見されたセリフから考えさせられてしまったのは、SNS上にアップされている写真等々、表面上は上手くいっているように見えていても、この平和そうな和の中には表面化せず見えていない問題が隠されているかもしれないということ。そしてそれら一つ一つが、仮に些末な問題だったとしても、積み重なっていくうちにいつか沸点へと到達してしまうのだということ。

今思えば、序盤に衛生検査に来た職員が、冷蔵庫内の温度管理について「(今は規定通りでも)これ以上詰めると空気が回らなくなる」「常に注意が必要」「リスクは低く」などと言っていたのは、以上のような意味合いを遠回しにセリフに変換していたようにすら感じられて……考え過ぎかな?


 小さなレストランが舞台の本作ですが、フィクションの枠には収まらない、現実の社会にも存在するリスクをも彷彿とさせる一本だったと思います。


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