見出し画像

映画『レ・ミゼラブル(2020)』感想

予告編
 ↓


容赦なし


 今更というか、有名なあまり一周回って “そういえば知らなかった”「レ・ミゼラブル」という言葉の意味。本作を観終えてから初めて調べてみて、そして意味を知った時、背筋に嫌な感覚が走ったものです。はたして何者のことを指す言葉なのか……。万人にオススメするにはあまりにも刺激が強いですが、容赦の無い衝撃を味わいたいなら、決して観て損はないことでしょう。


 映画の冒頭、ヴィクトル・ユゴーの名作『レ・ミゼラブル』の舞台にもなったフランスの街を、サッカーワールドカップに湧き上がる民衆が騒ぎ立て占領している。人々は高揚し、盛り上がっているだけなのに、何故だろうか、耳に入ってくる重低音のせいで、不安な気持ちになってくる。もしかするとこの不安は予告編を観てしまったが故のものかもしれませんが、街の人々のこの熱気と歓喜が、まるで暴動かのように錯覚して見えてきてしまいます。

 たったこれだけのオープニングシークエンスによって、少なくとも僕は、常に緊張感を抱いたまま本作を鑑賞するハメになったのです。本作の舞台となる街に蔓延る緊張感とのリンクが目的なのであれば、監督の思うツボですよね。


 〈重低音〉という言葉、その文字の影響なのか、水面下、足元等の視点の低さ、或いは目に見えていない、埋もれたままの問題というものを意識させられます。美しく綺麗なフランスの街並みとは正反対に、いつ綻びが表面化してもおかしくない噴火寸前の空気——「いつ何が起きてもおかしくない」——という、今にも息が詰まりそうなシリアスな雰囲気が常に漂っている本作は、どんな些細なものであれ刺激を加えられる度に緊張感が増してしまう。

 その繰り返しによって、「あぁ……、ひとまず何も起きなくて良かった」という、根本的な解決を諦めたその場しのぎの解決だけで安堵する悪習を植え付けられる印象。まるで本作で描かれている街の状況そのもの。そうやって立場の違う者同士が、互いに臨界点ギリギリのまま噛み合わない論争を延々と続けている。映画『ドゥ・ザ・ライトシング』のクライマックスのような嫌な感覚にも近いかもしれません。

 時には対照的に、言葉一つ交わさない無言の瞬間もあるのですが、それはそれでセリフの無い緊張感に金玉が縮み上がってしまう。汚い言葉遣いでごめんなさい。でも本当にそうなんです。互いのズレが補えないまま、一方が権力を盾にして横暴を働いたり、「正しければ何でも許されるのか?」と問い質す側の者が “正当” を言い訳にしたり “弱さ” を振りかざしたりして非道に走る……。

 衣食足りて何とやら。どうかフィクションであって欲しいと願うものの、おそらく現実社会を反映させているとしか思えない迫真の世界観に、クライマックスを迎える前に既にノックアウト寸前になってしまいます。



 たくさんの映画を観てきたせいか、感覚的に「上映時間が二時間弱……ってことはそろそろクライマックスかな?」などと感じてしまう野暮な節があります。面白いと感じるとあっという間だし、退屈だと長く感じてしまうから、お世辞にも正確なものとは呼べませんけど、時計を確認せずとも何となくわかってくるもの。しかし本作には、そんな余計なことを考える余裕なんて無かった。そのため、本作に仕組まれたギミック(←個人的に勝手にそう思い込んでいるだけ。根拠は全くありません)には驚かされました。

 ここから先、ネタバレ…ってほどではないですが、終盤の展開に言及している箇所が有ります。お許しを。

 街で起きてしまったトラブルに対し、主人公である警官と街の顔役とが話し合いでの解決を試みる。結果、緊迫する状況が続き、決して沈静化し切れていないままでありながら “とりあえず解決” という体を為して、その場は収まる。その去り際に顔役が口にした「怒りは収まらない」という台詞の重みの衝撃が残ったまま、一日の終わりを告げる夕陽のカットへ移行……。

 「うわっ、何だこの終わり方は……っ!」と、含蓄ある風なクライマックスに驚いていたのですが、ここはまだ終わりではなかった。非常に個人的な見解ですが、本作には二段階のエンディングがあるように思えてならず、ここはまだ一段階目。“怒りが収まっていない” 現実社会をそのまま表していると言っても過言ではない、そんな終わり方を示した後、もう一つの行く末——まるで「このままではこんな未来がやってくるぞ」或いは「もう起きているんだぞ」と現実社会に警鐘を鳴らしているかのような終わり方——が、その先に待っています。


 もうね、ここでの容赦の無さは見事。お手上げです。“怒りは収まらない” ことを観客に充分に理解させた上で、あの二人が示した “銃を下ろさない” 姿。そして、階段を挟んで対峙することで生まれる高低差を利用した “弱者と強者を意識させる立ち位置”! 全編を通して弱者と強者の立場を徹底して意識させてきた本作だからこその演出が光るラストシーンは鳥肌モノ。そしてそのまま、ヴィクトル・ユゴーが残したある言葉(決して全面的にその内容を肯定というわけではありませんが)を最期に迎える後味は、どうかこんな駄文などではなく実際に観て体感して貰いたい程の衝撃がありました。


#映画 #映画感想 #映画レビュー #映画感想文 #コンテンツ会議 #フランス #治安

この記事が参加している募集

#コンテンツ会議

30,708件

#映画感想文

66,330件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?