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映画『ザ・ホエール』感想

予告編
 ↓

PG-12指定


正対


 冒頭、PC画面にリモート授業の様子が映し出されている。しかし、姿が見えているのは受講している側の学生たちだけ。講師である男・本作の主人公チャーリー(ブレンダン・フレイザー)の姿だけは、「カメラ機能が壊れている」との理由で、表示されておらず、真っ暗になっている。……実のところ、本当はカメラ機能など関係なく、自身の姿を生徒たちに隠していただけなのだが。

 当初、彼が姿を隠していたのは本当にそれだけの理由だと思っていました。ただただ他人に姿を見られたくなかっただけなのだと。けれど、他者のディスプレイに表示されないということは、チャーリー自身のPC画面上にも本人の姿が映らないということでもあって……。それはまるで、彼が自分自身のことに対しても目を瞑っている、目を背けているとも見て取れる。そんなことさえ勘繰ってしまう冒頭シーン。コロナ禍を経て、会議や打ち合わせなど、リモート上で顔を合わすということが割と当たり前になった今だからこそ、この感覚に気付き易くなっていたのかもしれません。

また、本作のスクリプト比が横に短くなっていたのも、どこかリモート時のディスプレイを想像させてくれます。広がりが無いスクリプト比のスクリーンいっぱいにチャーリーの巨躯が映し出され、どこか窮屈そうにも感じられてしまったり、様々な意味があったんじゃないかな。この辺りはまだまだ考察し甲斐がありそうです。


 その後に描かれるのは、お世辞にも美しいとは言えない彼の日常。いきなり描かれるのは、彼の自慰行為。しかもその直後には、オカズにしていた動画を、急な来訪者トーマス(タイ・シンプキンス)に見られてしまう。ここで慌ててノートPCを閉じる様子は、前述の真っ黒なリモート画面や自慰行為の直後ということも相俟って、“他人には見られたくないもの” というチャーリーの心理を浮き彫りにさせていた印象です。



 一方で、ひょんな形でチャーリーの家に訪れるようになったトーマス。(ネタバレ防止のために細かくは述べられませんが、)チャーリーや彼の世話をしてくれているリズ(ホン・チャウ)に対し、隠し事をしたままのトーマスは、ある時、そのことについてリズに問い詰められる。しかし、正面に座し、腰を据えて話そうとするリズに対し、彼は何故か正対することを避ける

また別のシーンでは、チャーリーの娘エリー(セイディー・シンク)に対し、自身の境遇について濁しながら語り出す際、お互いにドア越しで会話していたり等々。これもまた、正対することを避けているように見える。


 こういった正対を避けるかのような描写は、エリーも同様。絶妙に体を背けることが多く見受けられました。憎まれ口を叩きながらも、わざわざチャーリーの視界に映る位置に座る彼女。でも何故か意図的にソファの角度を変える。チャーリーが重たい体を苦労しながら動かし、正面に移動しても、頑なに正対しようとしない……。

 タイトルにもなっている『ザ・ホエール』——。作中に出てくる『白鯨』という詩の一節に「暗闇を先送りに~」という言葉があるのですが、この言葉は、ここまでに述べたような “正対しない” ということと呼応していたように思います。そういった視点で本作を眺めてみると、とても面白い。予告ティザーなどでも用いられていた「人生でたった一度だけ正しいことをしたと信じたい」というチャーリーの感動的なセリフも、いざ本編の流れの中で観ると「信じたい」という、望んでいるような、或いは縋っているような言い回しに意識が寄ってしまい、独りよがりの想いにも聞こえてきます。



 正対しないこと——暗闇を先送りにすること——は、心情の暗示だったのかもしれません。だからこそ、エリーが彼に対して「こっちまで歩いてきて」と求める姿が、逆説的に、実は彼女も内心では正対することを望んでいたんじゃないかとも思わせてくれる。

まぁ残念ながらそこでチャーリーが立てなかったのは、まだ目を背けたままだったから。“立って歩けない” という事柄を、超肥満体型が故に立てないという整合性を取りながらも、同時に彼の心情ともリンクさせていた素晴らしいシーンだったと思います。



 ラストシーンもすごかったです。これまでに述べた様々なことが一つに集約していくような感じ。しかも、終始暗い照明で、おまけに日の光あまり入ってこない部屋の中ばかりが描かれていたために、ずっと時間経過がわかりづらかったのも、最期の最後になって活きていた印象です。日の光が注ぎ込むことで、日が昇ったこと、延いては時間が進んだこと、前に進めたことなどがイメージできるし、またその明るさは、塞ぎ込んでいた彼の心が浄化されていくような感覚にすらさせてくれます。



 まぁ色々な意見はあるでしょうけど、殊、エリーに関しては一概には語れない。これ以上のことは、ネタバレ無しで見解を述べるのは難しいので割愛。しかし、いくら他人に “邪悪” と思われようが、正直であること自体は悪じゃない。あくまで結果論でしかないけれど、エリーの行動によって救われた者も居る。大切なのはそこに優しさがあること。善悪云々もあるでしょうけれど、他者に想いを馳せられる素晴らしい作品だったと思います

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(感想文リンク)も然り、近年は「Be Kind」であることや、エンパシーを大切にしていこうというのがトレンドなのかな? 素晴らしいことだと思います。
 


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