見出し画像

映画『To Leslie/トゥ・レスリー』感想

予告編
 ↓


写真


 高額の宝くじに当選するも、お酒に溺れてしまったことで多くを失ってしまったシングルマザーを描いた本作。
 冒頭、宝くじ当選直後にインタビューを受けるニュース映像がほんの少しだけ流れはしますが、物語が描かれていくのはそこから6年後のシーンから。主人公・レスリー(アンドレア・ライズボロー)のやつれ切ったような、或いは、やさぐれたような姿だけでも、彼女がアルコール依存症であることをより強く理解させられます。オスカーの主演女優賞にもノミネートされたアンドレア・ライズボローの演技も見どころの一つです。

 

 酒に溺れてお金を使い果たしてしまったことだけはわかる。しかしながら序盤から中盤にかけて、なんとなくは窺い知れるものの、彼女がどうして現在のような状況になってしまったのか、そういった経緯の詳細までは描かれません。
 そういった見せ方にリンクさせるかのように、本作は場面転換や時間経過などを示すものが少ないように思えることが度々ありました。例えばカット替わりで急に夜が明けていたり、明確な描写も無かったのに急に目元を腫らしていたり、流れるように時間が経過していくよう。

 けれど、現状の彼女の状況を推察できたのと同様、「ああ、直前のシーンで何かあって……」といった感じで理解が追い着く。とやかく説明しない見せ方のおかげで、登場人物の細かな表情などに注視できる気がします。主演のお芝居が素晴らしいからこその醍醐味の一つ。

 またそれは、息子のジェームズ(オーウェン・ティーグ)のどこか余所余所しい表情や、かつての友人であるナンシー(アリソン・ジャネイ)らの刺々しい態度など、周囲の人々の演技にも注視できるということなんじゃないかな。明確な説明なんて無くても物語をじっくりと味わえる作品という印象です。

 


 どことなく、今年鑑賞した『ザ・ホエール』(感想文リンク)をも彷彿とさせられる内容でしたが、本作は一人の人間の再生の物語
 とはいえ、どん底のようなスタートだったにも関わらず、レスリーはなかなか立ち直る素振りを見せようとしません。先述の「場面転換や時間経過などを示すものが少ない」けれど「流れるように時間が経過していく」という話についても、それを際立たせていた気がします。描写が少ない、変化が描かれないこともあるという見せ方は、「彼女自身が何も変われていないことをも示していたんじゃないか」なんてことさえ考えさせられる。住む場所を失い、息子に縋るも呆れられ、新しいチャンスすらも棒に振り……。次々と事は進むのに、彼女には何も響いていない、彼女自身が変わろうと努力できていない。そんな印象。

 

 先ほど、冒頭シーンで当選直後のインタビューの様子が描かれていたと述べましたが、実はそれより前、映画が始まったド頭に、多くの写真が映されるシーンがありました。レスリーや幼い頃のジェームズなどが写された写真の数々。「その当時の瞬間を切り取る」という意味では、写真は “過去の象徴” かのようにも見えてきます。

 本作を観て強く感じたのは、そんな〈過去〉についてのこと。店主が替わっても未だに「当選した頃の写真はどこ?」と、まるで過去の栄光に浸ったままでいるかのようなレスリー。一方で、彼女がしでかしたことを責め続けたり、失ったものを揶揄したりするばかりの周囲の輩……。人って、たとえ同じ〈過去〉でも、自分は「過去の良かった時のままだ」と信じたくて、他人は「過去の悪かった時のままだ」と信じたいんじゃないか。そんな風に思えてしまいました。

 地元に帰りたくない、親に会いたくない、外に出ようとしない。そんなレスリーの姿は、現実や過去から逃避しているかのよう。それこそ、逃れるために溺れたアルコールも同様。けれど、残念ながら何をやっても過去は残るもの。誰もが覚えているし、常に見られている。
 脳裏を一瞬「SNSも同様」なんて考えが過ぎりましたが、SNSがあろうが無かろうが関係ない。それが社会の構図。本作にはSNSを使っているような描写こそありませんでしたが、地元に戻ってからの彼女を取り巻く状況は、現実社会の縮図のようにも見えました。


 

 依存症は大変だし、本作で描かれるレスリーという人間を見て不憫に思ったり憐れに感じたりもします。しかしながら、しっかりとお説教の言葉もあったのが良かったと思います。主人公だからといって、ご都合主義に肩入れし過ぎない感じ。それが良い。彼女の現在の状況は、彼女自身の責任によるものであるとしっかりと示してくれています。だからこそ、「どんな人間にも立ち直れるチャンスはあって良い」と思わせてくれるのが本作の一番素敵なところ。

 

 レスリーが変われるようになったきっかけもまた “写真” という〈過去〉。ダッチ(スティーブン・ルート)のモーテルにスーツケースを置き忘れてしまった彼女ですが、それはスーツケースの中に入れたままの写真(≒過去)も手元から離れてしまったことを理解させます。ようやくスーツケースを取り戻し、写真を手に取り、過去を見つめ直し、本当に大切なものに気付いていく。ここの直前のシーンで、店で一人お酒を飲んでいたシーンも同様ですが、前半とは異なり、この一連のシーンだけはじっくりと心情が描かれていたように見えました。

 たまたまバーで流れた曲の歌詞が胸に刺さる、知り合いのちょっと変わった一面を目にする……。上手く言えないんですが、劇的じゃない理由でも人は立ち直れ得るんだと思わされたのも、すごく好きなポイントでした。

 

 立ち直ろうとする者に冷たく厳しい世の中であるという残酷さも垣間見えていたことも、本作の見どころの一つかもしれません。レスリー風に言えば「クソな人生」を送っている自身の憂さ晴らしのために、躓いた誰かに石を投げ続ける、そんな「クソ野郎」が世間にはいっぱい存在しているのだと。バーで流れていた曲の(うろ覚えですが)「ここが本当にあなたがいたい場所なのか」という歌詞も、立ち直れないままのレスリーだけではなく、以上のような「クソ野郎」共にすら向けての言葉にも思えてきます。

 僕も「クソな人生」を送る「クソ野郎」にならないよう、気を付けねば。


#映画 #映画感想 #映画レビュー #映画感想文 #コンテンツ会議 #アルコール依存症 #宝くじ #トゥ・レスリー #ToLeslie

この記事が参加している募集

#コンテンツ会議

30,711件

#映画感想文

66,387件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?