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はたから見たらごんぎつね

bookshortsという、おとぎ話や民話や著作権の切れた物語をリメイクした短編を公募している賞があるのですが、月間優秀作に選ばれたものを転載しておきます。(サイトから既に読んでくれていた人はすみません)(書いた小説をひとところにまとめとかないと、分かんなくなっちゃうんですよね~…)

↓↓優秀作として掲載されているページはこちら

新見南吉「ごんぎつね」をリメイクしました。

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動物のくせに言葉が分かり、でも喋れないごんぎつね。罪の概念はあるのに、盗みの概念は分からないごんぎつね。ごんと兵十は原典では一度も会話せず、死してから向き合いますが、そこには察しの文化が生んだ甘え、勘違い、悲劇と見せかけた喜劇があるように思います。5バージョンで改変してみました。

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A 業深いきつね
山の中で一人ぼっちで暮らすごんというきつねは、心の底から意地汚い子狐で、夜でも昼でも、あたりの村へ出てきて、いたずらばかりしていました。はたけへ入って芋をほりちらしたり、菜種がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家の裏手につるしてあるとんがらしをむしりとって、いったり、いろんなことをしました。

ある秋の夜、兵十という村人が魚を捕っているところを見かけ、ちょいといたずらがしたくなったごんは、兵十が目を離したすきにびくの中の魚を全て逃がしてしまいました。ごんがびくの中に頭を突っ込んでうなぎの頭を口にくわえたところで、兵十が「うわあぬすとぎつねめ」と怒鳴りたててきましたが、ごんはなんとか逃げ切ることが出来ました。

十日ほどたって、ごんがたまたま村の近くを通りがかると、兵十の母親の葬式が行われていることを知りました。その時、ごんは、こう思いました。

「兵十のおっ母は、床についていて、うなぎが食べたいと言ったにちがいない。それで兵十がはりきり網をもち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、うなぎをとって来てしまった。だから兵十は、おっ母にうなぎを食べさせることができなかった。そのままおっ母は、死んじゃったにちがいない。ああ、うなぎが食べたい、うなぎが食べたいとおもいながら、死んだんだろう。ああ!! いい気味!! いい気味!! わしを逃した兵十のうすのろっぷりといったら、笑いものだったなあ!!」

 兵十は今まで、おっ母と二人ふたりきりで、貧しいくらしをしていたもので、おっ母が死んでしまっては、もう一人ぼっちでした。

「おれと同じ一人ぼっちの兵十か。いい気味!! いい気味!!」

 ごんが、井戸のところで麦をといでいる兵十の後姿を見ながらそう思っていると、どこかで、いわしを売る声がします。

「いわしの安売りだあい。生きのいい、いわしだあい。」

 ごんはいわし屋の目を盗んでかごの中から五、六匹のいわしをつかみだすと、兵十の家の裏口から、家の中へ放り込み、穴へむかって駆け戻りました。

「これで兵十のやつ、きっと盗人あつかいされて、いわし屋にぶん殴られるだろう」

 案の上、次の日に兵十の家を覗いてみると、ほっぺたにかすり傷をつけた兵十が、

「一たいだれが、いわしなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、盗人と思われて、いわし屋のやつに、ひどい目にあわされた」

と、ぶつぶつ言っています。ごんは、「しめしめ」と思いながら、そっと兵十の家の物置の入り口に忍び込み、山でどっさりひろって来た栗を置いておきました。本当はまたいわしを盗みたかったのですが、いわし屋は毎日来るものではありません。こうして何か食べ物を置いておけば、また兵十が盗人あつかいされるだろう、と思ったのです。ごんは次の日も、その次の日も、栗を拾っては兵十の家に持っていきました。その次の日には松茸も二、三本、もっていきました。

 しかし、ある日の月の良い晩、たまたま兵十とその仲間の加助というお百姓の話を盗み聞きしたごんは、すっかり驚いてしまいました。兵十は盗人あつかいされて怒るどころか、栗や松茸をありがたっているようなのです。仲間の加助は、

「きっと神様が、ひとりぼっちになったお前をあわれんで、いろいろ恵んでくださるのだ」

なんて言っているではありませんか。

 ごんは、こいつはつまらない、どうしても、栗と松茸を持ってきたのは自分だと気付かせたいと思いました。そして、兵十は家に忍び込まれても気付かれないうすのろだ、病気のおっかさんにうなぎも食べさせられないまぬけなやつだ、と思い知らせたかったのです。

 次の日、兵十の家に栗と松茸を持ってきたごんは、今にも物置を去ろうとする間際、わざと兵十に聞こえるように、ほんの少しだけ足音を立てました。すると兵十は、ふと顔をあげました。こないだうなぎをぬすみやがったあのごん狐めが、またいたずらをしに来たな。そう思った兵十は、火縄銃でごんをドンとうちました。

 兵十がかけよると、土間に栗が固めておいてあるのが目につきました。

「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」

 その声は、兵十がごんにかけた、初めての優しい声でした。そして、一人ぼっちで生きてきたごんが初めて生まれて聞いた、自分へ向けられた優しい声でした。

 ごんは、ぐったりと目をつぶったまま頷きました。そして、やっと気が付きました。なぜ、じぶんがこんなに兵十にしつこくいたずらをしかけていたのか。それは、自分と同じひとりぼっちの兵十に、こんな風に優しい声をかけてもらいたかったからなんだ、と。


B すごく賢いきつね
 そのきつねは、人間の言葉が分かるほどにとても賢いのですが、きらきらした動いているものを見るといてもたってもいられなくなり、つい飛びついて、しっちゃかめっちゃかにした後、放り出してしまう、という、自分でも抑えられない、困った癖、というか、生き物としての本能的な習性をもっていました。

 兵十という村人が捕ったうなぎにちょっかいを出して逃がしてしまったのも、いわし屋のいわしに飛びついて兵十の家に放り込んでしまったのも、その、どうしても抑えられない癖のせいでした。自分がうなぎを逃がしたせいで兵十のおっかさんが死ぬ前にうなぎを食べられなかったかもしれないこと、自分のせいで兵十が盗人あつかいされていわし屋に殴られてしまったことは、よく分かっておりました。とても賢いから、親孝行の概念や盗みの概念もよく分かるのです。そして、どうしても、兵十に謝りたいと思っていました。

 きつねはとても賢いので、人間の言葉を分かりましたし、文字も書けましたが、紙と筆を持っていないのでした。そのため、山からどっさり栗を持ってきては、兵十の物置に忍び込み、栗を一個ずつ、文字の形になるように置いて、謝りたい気持ちを伝えることにしました。しかし何日繰り返しても兵十は栗で書いた文字に気付いてくれないどころか、「神様が、ひとりぼっちになったお前をあわれんで、栗を恵んでくださるのだ」なんて勘違いをしているではありませんか。

 きつねは、「謝っている気持ちが伝わらなくてもいい、ただ栗を喜んでくれるなら」と思い、次の日も栗をもって兵十の家に忍び込みました。ところが、その日は、兵十がきつねの姿に気付きました。こないだうなぎをぬすみやがったあのきつねめが、またいたずらをしに来たな。そう思った兵十は、きつねを火縄銃でドンとうちました。

 兵十がかけよると、土間に栗が固めておいてあるのが目につきました。

「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」

 でも、兵十は、なぜきつねが栗をくれるのか、さっぱり分かりませんでした。

C メカギツネ
 そのキツネは、ひとりぼっちの子ぎつねで、森の中に穴をほって住んでいましたが、全然さみしくありませんでした。なぜならメカなので、さみしいという気持ちは特にないのです。

 見た目は普通のきつねと変わりませんでした。特にお腹が空かないので、うなぎにちょっかいを出したり、いわしにちょっかいを出したり、栗を運んだりするのも、ただの気まぐれ、というか、ただの行動でした。しかし、村人にとってはひどく迷惑ないたずらばかりするので、「ごんぎつね」と呼ばれて嫌われていました。

 メカギツネは、悲しいという気持ちも、申し訳ないという気持ちも、エゴも贖罪意識もありませんでした。

 ある夜、兵十という村人が、自分の家の中に入ってくるきつねの姿に気付きました。こないだうなぎをぬすみやがったあのきつねめが、またいたずらをしに来たな。そう思った兵十は、ごんぎつねを火縄銃でドンとうちました。

 兵十がかけよると、土間に栗が固めておいてあるのが目につきました。

「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」

 精密なメカギツネは弾丸を受けて壊れ、完全に機能を停止していたのですが、兵十の目には、息絶えつつある生き物が、最後の力を絞って頷いているように見えました。

D ごんぎつねいない
 おっ母と貧しい二人暮らしをしていた兵十は、床に伏したおっ母の看病が嫌で嫌で、早く死んでほしいと思っていました。ただでさえ貧しくて、ひとりで暮らしていくだけでも大変なのに、食べるばかりで何もしないどころか、世話に手間がかかって仕方なく、しかもあれやこれやと小うるさく指図してくるおっ母が、うとましくてならなかったのです。

 自分に嫁がなかなか来ないのも、この小うるさいおっ母のせいに違いないと思っていました。

 ある日、おっ母がどうしてもうなぎを食べたいというものだから、孝行息子を名乗る手前、うなぎを捕りに川へ出かけた兵十でしたが、もしうなぎを食べて精をつけたおっ母が元気になってしまったらどうしよう、と思うと、はりきり網をもつ手にも力が入りませんでした。

 兵十の思惑とは裏腹に、なかなかの量のうなぎが捕れました。ああ、うなぎをさばくのも面倒だし、どうしよう、また仕事がふえる。はりきり網をずるずるとひきながらうちひしがれる兵十の頭に、ふと、あることがひらめきました。きつねが、いたずらをしてきて、魚がすべて逃げてしまったことにしよう。そう思いついた途端、兵十の腰はうきうきと軽くなりました。周りに誰もいないことを確かめた兵十は、はりきり網を放り投げ、びくの中にいた魚もすべて川に戻すと、とぼとぼとした足取りを作って、家に戻っていきました。そして家で母の顔を見るなり、近ごろ、ごんぎつねというたちの悪いきつねが、夜でも昼でも、村にあらわれて、いたずらばかりするのだ、はたけへ入って芋をほりちらしたり、菜種がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家の裏手につるしてあるとんがらしをむしりとったり、いろいろな悪さをするのだ、今日もそのきつねが現れて、びくの中に入れておいたわしのとったうなぎをみんな、川の中に放り込んでしまったのだ、と、さも悔しそうな顔をして作り話をしたのでした

 それが、始まりだったのです。

 十日ほど経って、兵十のおっ母が死にました。村の人は、孝行息子が、たった一人の身寄りのおっ母をなくして、さぞ悲しんでいるにちがいない、と口々に言いました。兵十も、これ以上はないという悲しみの顔を作っていましたが、心のうちは軽かったのです。やっと、いつまでとも知れない看病の苦しみから解放されたのですから。

 でも、おっ母が煙になって空にのぼっていくさまを眺めながら、ぼんやりと、こうも思うのでした。

「ああ、あの時に捕ったうなぎを、面倒くさがらずにおっ母に食べさせてやってもよかったなあ、まさかあれを食べて、病がすっかりなおったということもなかったろうし、こんなにすぐに死んでしまうのだとしたら、あの時、生きてるうちに最後のうなぎを、食べさせてやってもよかったのになあ。あんなに食べたがっていたのだから。そうしたら、ほんの少しでも、生きのばせたかもしれない」

 それから、兵十は、魚を見ると、ほんの少しおかしな気持ちになるのでした。

 村にやって来たいわし売が、かごから両手でつかみ出したいわしの、ぴかぴか光る腹が目に入った時も、おかしな気持ちがしました。いわし屋が弥助の家に入っていった短い間のことです。兵十の両手が勝手に動いて、かごに両手を突っ込んで、いわしをつかみ出していました。後からいわし屋に気付かれて、ぶん殴られた兵十でしたが、どうも、自分が盗みをしたとも思えません。そういうわけで、また、あの、ごんぎつねがおれの家に現れて、なぜかおれの家にいわしを放り込んだのだ、まったく、あのいたずらぎつねめ、と、おっ母の遺影に向かってぶつぶつと話しかけました。

 おっ母が死んでしまい、もう兵十は一人ぼっちでした。

 兵十は、そろそろ嫁さんでももらいたいもんだ、あの小うるさいおっ母が姑だとしたら誰も嫁に来んだろうが、もうおっ母はいないし、だれか嫁に来てくれてもいいものだ、と考えていましたが、おっ母が死んでしばらく経っても、一向にそんな気配はありませんでした。

 というのも、兵十の様子が少しおかしい、と、村の人の間では噂になっていたのです。

 あんなに孝行息子だった男が、おっ母をなくしてたった一人になってしまったのだから、少しおかしくなるのも仕方ない、と、村の人は考えていましたが、しかし、近ごろでは、「誰かが知らんが、うちに、栗やまつたけなんかを、おれの知らんうちに、おいていくんだ。一体だれなんだろう」なんていう話を、百姓仲間の加助にしているのです。加助は「きっと神様が、ひとりぼっちになったお前をあわれんで、いろいろ恵んでくださるのだ」なんてとりなしておきましたが、兵十はどうやら、「おれに惚れている女が、恥ずかしがって、おれに気付かれぬように、贈り物をしてくるのだ」と考えたい様子でした。もちろん、あやしい噂の広まっている兵十にそんなことをする女は、加助の知る限りいません。

 ある日、兵十の家から銃声がしました。

 村の人たちが驚いて集まったところ、火縄銃をばたりととり落とし、筒口から細く出ている青い煙を見つめたままほうけている兵十の姿がありました。

「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」

いや、まさか、狐が、うなぎを逃した償いに、栗を持ってくる、なんてことがあろうか。まさか、そんなことがあるだろうか。

 何かの思い違いではなかろうか。

 その時、兵十の頭から霧が晴れたようにすっきりと、何かが消え去りました。

「おれは、きつねに憑かれていたんだ」


E ごんぎつね以外
 ごんが兵十のかけた網にいたずらをしてうなぎを逃がした時、いうなぎは、びくの中から逃げたくて仕方かったので、ごんのいたずらをこれ幸いとありがたがりました。というのも、うなぎの奥さんが産気づいていたのです。うなぎは川に放たれると、一目散に奥さんの元へと泳ぎ去っていきました。

 さて、兵十がうなぎを捕りにいっている間、兵十のおっ母はさみしい思いをしていました。おっ母は、自分の命がもうあまり長くないことを知っていましたから、「精をつけてやる、うなぎを食わせてやる」と張り切って出かけていった兵十の背中を見送りながら、「そんなことはしなくていい、自分の命はもうどのみち長くないから、できるだけ長く一緒に時間を過ごしたい」と思っていました。ところが兵十は、思ってたよりも随分と早く帰って来たので、おっ母は喜びました。兵十は、きつねにいたずらされて漁が台無しになったから、すっかりやる気をなくしてさっさと切り上げてきたのです。

 また、ごんが山から川へとやって来た時、たまたまごんのからだにくっついていたとんぼは、「ああ、喉がからからだったんだ、ちょうど良いタクシーだ、ありがたい」と言って、川の水面におりたち、ごくごくと水を飲み始めました。

 また、ごんがうなぎと戦って随分と激しく水をばしゃばしゃと跳ねさせるものですから、小さな虹がかかったのでした。ちょうど川虫のお母さんは、子どもに「ねえ、お母ちゃん、虹って何?」と聞かれていたところでしたので、息子に虹を見せてやることができました。

 さらに、ごんのからだについていたノミの一匹は、ごんのからだが激しく動き回るのにつられて跳ね回り、ごんのからだの上で運命の相手を見つけることができました。

 さらに、ごんのからだの中にいる菌の一種は……


渋澤怜(@Rayshibusawa

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