全裸の呼び声 -34- #ppslgr
黒紫の液体が、血脈噴水めいて高々と巨大カニの断面から噴き上げる。だが、哀れなカニの受けた被害はそれだけにとどまらなかった。まるで高級フードカッターですぱりと切り落とされたカニ身は、蒸し料理めいて瞬時に赤く染まり、かと思えばドス黒い色合いに変じて切れ目からグズグズと崩れ落ちていく。
「露ッ露露露露ッ……」
最後の最後にか細くひと鳴きしたきり、何ら意味のある言葉も残すこと無くカニオストロであった物体は崩壊した。いまや彼の身はこの最終処分場の一部となって見分けもつかない。無惨の一言に尽きる。
それを成した側といえば、手にしたカタナの切れ味に感嘆するわけでもなく、心底うんざりした顔で握ったそれを杖代わりに深々とため息をついた。カタナを引く抜く際の崩壊寸前ゾンビ状態の面影はいまや無く、いつもどおりの葬式仏頂面へと戻っていた。
「さいあくだ。まったく」
「ふむ。遺体が持ち運べないって事態にはならなくてよかったけど、一体どういう手品を?」
「原理的には露出会の連中と同じ仕組み」
一戦終えたところで空気の質が変わるわけでもなく、嗅覚が麻痺してなおわかるまずさに辟易した様子でレイヴンは答えた。
「このクソッタレの侵食世界でも、自我境界の内側、自分の肉体については制御を渡さない限り自分がいじれる。後は握った瞬間に取り込まれそうになったのを、意地で押し戻してわからせたってワケだ」
「それってミスったら二度と元に戻れないままだよね」
「そうだよ」
「介錯付き切腹の方がまだ楽そうだ」
アノート教授の軽口に返す気力もなく、レイヴンは得物を適当に担ぐと隅っこに縮こまっていた鍛冶師に視線を向けた。
「そういう訳で、こいつはありがたくもらっていく」
「良いよ。ただしクーリング・オフは無しさ」
「用が済んだらブラックホール行きの廃棄船にでも載せたいもんだ。それより」
すっかりおとなしくなったカタナを指先でつつきながら、彼は問うた。
「銘は無いのか、失敗作とはいえ自作品だろう」
「ないね。そもそもあてに名前がない。だからあての作った代物にも、銘はないのさ。ドブヶ丘に鍛冶師はあてだけだからね」
「フムン、そうか」
名無しの親から名付けを放棄された得物を見るにつけ、レイヴンはそれ以上言うこともなかった。もとより、異変が片付けば一緒に消えて無くなるはずの、幻のような代物であった。であれば、わざわざ猫可愛がりするものでもないし、もとより偏執的感情を道具に向けるタイプでもない。
「それじゃ、お達者で」
「お邪魔しました」
「フン、厄介払いが出来て清々したさ。せいぜいソイツでドブヶ丘のロクデナシをぶった斬ってやるんだね。そしたらあての気もより一層晴れるってもんだ」
「まあ、多分そうなる」
淀んだ雲が、吹き流されて夕闇の橙紫を描いていた。直に夜が来る。ドブヶ丘に来て初めての夜が。
【全裸の呼び声 -33-:終わり|-34-へと続く|第一話リンク|マガジンリンク】
注意
このものがたりは『パルプスリンガーズ』シリーズですが、作中全裸者については特定のモデルはいない完全架空のキャラクターです。ご了承ください。
前作1話はこちらからどうぞ!
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