私は目標設定ができない……。

４月4日が入学式だった。
受付けで「ご父兄の方ですね」と言われた。「いいえ」と答えると慌てて「お、お名前は？」
……ま、しょうがないよね。父兄の年なんだから。まさかこの年になって入学式を迎えるとは思いもしなかった。

なんで今更、学校に通おうなんて気になったのか自分でもわからん。きっかけはあった。が、たいしたきっかけじゃない。一大決心をしたわけでもない。「学校行くのもいいな〜」と思って検索した日が、社会人入試受付けの1週間前だった。書類を揃えるのが間に合えば申し込んでみるかと思った。間に合ってしまった。
入学式まで、いい偶然が重なって特に障害がなかった。するすると手続きが済んで、気がつくと入学式にたどり着いていた。

翌日から学校生活が始まった。朝6時に起きる生活。ふだんも6時くらいに起きていたけど、今までは起きても起きなくてもよかった。なにせ自由業だから気ままである。それが出来なくなった。規則正しいことをするのは30年ぶりだ。……あー、時間に制限がある自由！

弁当を作った。ゆで卵とマヨネーズは必須だ。これは高校生の時からの定番だ。時間割を見て教科書や必要なものを揃えたり、通学定期を買ったりした。別に……なんの違和感もなかった。

電車に乗って学校まで行った。そこには同級生……がいた。みんな若いが、それも違和感がなかった。自分の顔は自分では見えない。自分がどれくらい浮いているのかもわからない。

初日から実習で、「あんま・マッサージ実技」だった。先生が「だれか揉まれ役になって」というので手を上げた。ああ、こういう時にまったくためらわずに手を上げられるのは、年をとった証拠だと思った。若い時は出来なかった。恥ずかしくて……。

18歳の頃と違うのは、周りを気にせずに思ったことを発言できることだった。それが出来なかった頃の自分を思いだした。あー、18歳の頃にこれが出来ていたら、もっと楽だったかもな〜と思った。自分がどうしたいのかわかっている。いやー生きてきたのはムダではなかった。

などなど、いろいろ発見があって面白い。

たぶん、このクラスでは最年長か、あるいは２番目くらいだろうと思うのだが、わりと周りの子たちは気軽に話しかけてくれる。少なくとも前後左右の席の子たちとは親しくなった。まったく新しい人間関係だ。

なぜ、鍼灸の専門学校に通うことにしたのか……という、その明確な理由が実はない。目標が目的を持たずに場当たり的なのは若い頃からの性分で、たぶん一生、このままだろう。私には夢も目標もない。行動の動機は「思いついたから」「面白そうだから」であり、それがイヤになるまでは続ける。享楽的で刹那的だ。でも、それでは周りに理解されないので、適当な理由をでっちあげる。他人を納得させるためだ。
納得してもらわないと、いろいろ聞かれてめんどくさいからだ。

「3年も通うなんて大変ね」と言われる。
通うかどうか、自分でもわからない。先のことを考えたりしないから無謀な決断ができるわけで、そうでなければやらないよ、と思う。

新しいこと、まったく新しいことをゼロから始めるのが好きだ。わくわくする。後のことをほとんど何も考えない……というか考えられない。
……たぶん、これから先どうなるか……ということに興味がないんだと思う。どうなるかわからないから面白いのであって、結果がわかっていたらつまらない。展開のわかってしまったネタバレの映画なんて、観ても面白くないのと一緒だ。ましてやその先が悲劇だったら、観ないほうがマシじゃん。

いまのところ、面白い。まだ始まったばかりだ。学校の近所にお弁当が食べられそうな空き地を探したり、図書室を探検したりした。図書室のスタッフの人と仲良くなった。古い東洋医学書がたくさんあって、おおお〜と思った。

やっぱり……本が好きなんだな……と思った。

やたらと手を洗うようになった。手洗いの実習をしっかりさせられたからだ。手はていねいに洗うとなんだか生き生きしてくる。不思議だ。もっと手を大事にしてみたくなった。

鍼灸の先生が芸術的なまでにきれいにお灸のモグサを捩って見せた。当たり前だけれど、信じられないほど上手。小さいのに完璧な円すい形。うわー。

家に帰って自分も試してみたけれどぜんぜん出来ない。一晩寝て、朝起きた瞬間「中指も使ったらうまくいくかも」とひらめき、飛び起きて三本指で捩ったらうまくいった。

すげーーー！寝ている間も脳は働いている！
やったーやったー！犬が飛び起きて一緒に喜んでくれた。

新しいことには発見がいっぱいある。できなかったことができるようになるのは楽しい。ただそれだけなんだ。私には目標や目的がない。認めたくないけれど、そういう奴なんだよな。