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「Nameless Story」

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『Nameless Story』完

『Nameless Story』完

「それぞれの歩み」

「ほらそこ、腰が高い!」

未曾有の大震災から数年後、あんなにひよっこだった私も、気づけば後輩の指導役になっていた。

「井上!菅原!」

自然と声に力が入った。私の隊の2人だけの女性隊員だ。

「「すみません!!」」

嫌いなわけじゃない。その若さが羨ましいわけじゃない。ただ…

私の恩人もこんな気持ちだったのかな。そうだとしたら、本当に頭が上がらない。

空は透き通るくら

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『Nameless Story』⑪

『Nameless Story』⑪

「憧れのヒーロー」

「それにしても、あんた本当に可愛いな」

美月の隣にいると100万回は聞いた言葉。ちょっと羨ましいのは、本人には内緒だ。

「えー、お姉さんのその服装もかっこいいですよ〜」

彼女の特攻服のような格好は、私の好みでは無いがよく似合っている。

柄にも合わず話しやすいお姉さんの雰囲気に、つい会話が弾む。

「美月っていうんだね、可愛い名前。私は梅澤美波。隣の白くて可愛いのは?」

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『Nameless Story』⑩

『Nameless Story』⑩

「自衛官 新内眞衣」

「要救助者発見!」

私たちは無我夢中で瓦礫をどかした。

「美月、合わせて。せーのっ!」

もう熱い日差しは感じない。それでも、流れる汗の量は変わらない。

「もう大丈夫です。こちらへ」

何度目か分からない誘導。それでもまだ足りない。

「久保、こっちも頼む!」

「はい!」

それでも辺りは刻一刻と闇が深まっていった。

夜になっても運ばれてくる患者の数は変わらなかっ

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『Nameless Story』⑨

『Nameless Story』⑨

「決心と決断」

昼前に起こった地震。既に空は赤らみ初めていた。

辺りを見渡しても、まだ手が着いていない瓦礫の方が多い。

「久保、こっち手伝って!」

また1人救助者が見つかった。私たちが手を休める暇など、1秒たりとも無かった。

「すぐ行く!」

私は焦る気持ちを抑えながら、美月の元へ走る。

どうしてそんなに焦っているかって?だって…

私たちは夜、救助は行えないから。

「…くら、さくら

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『Nameless Story』⑧

『Nameless Story』⑧

「保育士 白石麻衣」

「うわっ…」

避難所までの道のりで甚大な災害に直面したことを実感した。私の知っている街は、その面影を完全に失っていた。

『人生がどうかなんて、まだ分かりませんよ』

あの隊員さんの言葉もずっと頭に残っている。

心の中にしまいこんでいた気持ちを覗かれるた気分だ。
ずっと誰かに見つけてほしかった、自分じゃ勇気が出なかったその気持ち。でも…

いろんなことを考え過ぎて、頭の

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『Nameless Story』⑦

『Nameless Story』⑦

「大学生 遠藤さくら」

昔から物静かで、人前に出ると緊張で言葉が上手く出てこなかった。

「さくらちゃんってさぁ…」

そんな陰口を言われたことなんて幾度となくある。

もう唇を噛み締めることすらしない。ひっそりと生きて、ひっそりと死んでいく。そう決めたつもりだった。

頭だけは良かったから、将来のことも考えて医学部に進んだ。

人付き合いから逃げるために勉強をしていただけなんだけどね。

その

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『Nameless Story』⑥

『Nameless Story』⑥

「忘れていた想い」

「なにこれ…」

揺れが落ち着いた後、すぐに私たちは災害救助に派遣された。

「うそ…」

目の前の光景に美月も私も言葉を失う。あるはずの建物は崩れ、無数の人々がパニックに陥っている。

私はあの日の東北を重ねる。この後、起こることは嫌というほど記憶に染み付いていた。

「あの日と同じね。ほら、行くわよ」

新内さんは冷静だった。

行かなければならない。そんなの分かっている

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『Nameless Story』⑤

『Nameless Story』⑤

「その日」

「んー…疲れた…」

当直明けの日差しは身に染みる。しかも昨夜は急患が多すぎた。

「家に帰ったら、2秒で寝るてやる」

謎の宣言を呟く。タクシーの運転手さんにお疲れ様と労われた。

「ありがとうございましたー」

タクシーを降りる。なんてことの無い、いつもの当直明け。いつもの我が家。

慣れきっていた日常を失うことなんて誰も考えない。

「えっ…揺れてる?」

ちょっと強めだが、日

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『Nameless Story』④

『Nameless Story』④

「トラック運転手 梅澤美波」

「ちっ…詰まってんなぁ」

搬入待ちのトラックの列はピクリとも動かない。待ち時間なんて、この仕事じゃあるあるだ。

「ふぁーぁ…眠っ。んーーっ」

かと言って寝るわけにはいかない。車内で背筋を伸ばし、眠気を追い払う。実はあるある過ぎて、正直もうやることは無い。

「あいつら…元気かな」

スマホの写真フォルダを見返す。特攻服を来た一同は、みんな満面の笑みだった。

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『Nameless Story』③

『Nameless Story』③

「元保育士 白石麻衣」

「せんせぇー、ぎゅーっ」

「どうしたの、あやめちゃん」

子供たちに囲まれ、昔からの夢だった保育士生活を楽しんでいた。

「あやめね、せんせーのことだいすきなの」

「ぼくもせんせーのことすき!」

わたしも!ぼくも!と声が続く。

「先生も、みんなのこと大好…」

あぁ…またここか…

視界が急にぼやける。子供たちの笑顔が遠ざかる。

いつもここで夢は終わる。それは多

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『Nameless Story』②

『Nameless Story』②

「医師 齋藤飛鳥」

はぁ…イライラする

「齋藤先生、701の吉田さんなんですけど…」

「薬なら出しといたよ」

「ありがとうございます」

はぁ…

「齋藤先生、明日のオペなんですけど」

「大丈夫、任せて」

はぁ…

「齋藤先生!高橋さんが!」

「すぐ行く」

病院の日常風景。私は急いで病室に向かった。

「齋藤先生って感じだね」

「さすが、氷の女王ね」

看護師のヒソヒソ話が後ろか

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『Nameless Story』①

『Nameless Story』①

「自衛官 久保史緒里」

あの日は人生で1番走った。

人生で1番怖い夜だった。

それでも…

あの朝、屋上で見た外の景色は、人生で1番綺麗だった。

「今日はここまで。各自部屋に戻り、明日の訓練に備えて体を休めるように」

新内1佐の号令で今日の訓練が終わる。

「はい!」

敬礼で1佐を見送る。やっと地獄の訓練が終わった。

「疲れたぁ…」

その声も弱々しい。宿舎まで戻るのも一苦労だった。

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