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『Nameless Story』⑧


「保育士 白石麻衣」


「うわっ…」

避難所までの道のりで甚大な災害に直面したことを実感した。私の知っている街は、その面影を完全に失っていた。

『人生がどうかなんて、まだ分かりませんよ』

あの隊員さんの言葉もずっと頭に残っている。

心の中にしまいこんでいた気持ちを覗かれるた気分だ。
ずっと誰かに見つけてほしかった、自分じゃ勇気が出なかったその気持ち。でも…


いろんなことを考え過ぎて、頭の中はぐちゃぐちゃだった。怪我した足を引きずりながらも、私は避難所にたどり着いた。

避難所に入ると直ぐに人集りが目に入った。どうやら怪我した足を手当しているみたい。

それでも避難所は私が想像しているほど混沌としているわけでは無かった。

役所の人たちは安否確認と誘導を行っている。怪我人の手当も、ところどころで行われている。
大声をあげる人、揉め事を起こす人、パニックに陥る人、もほとんど居ない。

決して平穏なわけではないが、それでも私がテレビで見ていた避難所では無かった。


「えっ…」

ふと隅に目をやった。そこには子供たちが縮こまりながら静かに座っていた。

きっと親と離れてしまったのだろう。しかし、この子たちは決して静かなわけではなかった。

私も何度も見たことがある。子供たちは本当に怖いとき、辛いときは固まってしまうのだ。


周りの大人は自分のこと、家族のことで精一杯なんだ。この子たちのことは目には入っていない。

「…そんな目で見ないで…」

1人の男の子と目が合う。泣き出しそうなわけでもなく、ただ光のない目で私を見ている。

子供の頃に何度も経験した。小さい体で出来ることなんて限られている。あの頃の私も部屋の隅で縮こまるのがやっとだった。

そんな自分が辛くて辛くて…だから、いつしか固く誓っていたはずだ。

こんな思いをさせないために、私が味方になってあげるんだって。


重たい足を引きずりながら近づく。10人ほどいた子たちは、いつしかみんな私を見つめていた。

「がっかりして、めそめそして、どうしたんだ〜い〜」

捻り出した声は本調子ではなかった。でも、今はそんなこと関係ない。

「やりたいこと〜やったもんがち〜」

子供たちの顔が緩む。笑顔になる子はいなかった。

その顔からは安堵の表情が見て取れた。次第にその目に涙が溜まる。

「そうさ、100パーセント勇気!もうがんばるしーかなーいさ〜」

みんなが集まる。私の情けない歌と、涙が合唱をしていた。

大丈夫、私がみんなの味方だからね

口には出さなかった。私の歌は2曲目に入っていた。



「いい、歯食いしばりなさい!」

男の子は震えながら頷いた。生憎、麻酔なんて高尚なものはここにはない。

「さくら、絶対に離さないでね!」

さくらも力強く頷いた。

「おっけ」

器具を握る手が震えた。

大丈夫、私たちなら必ずできる。



「くっそ!」

ハンドルを叩く。それでも渋滞は進まない。

あれから何度も電話をかけても、会社にも社長にも繋がらない。

ラジオからは被害を伝える声だけが届く。私の不安を煽るそいつの電源はとうに切っちまった。

東京に戻りたいのはみんなを心配している以外にも、もうひとつあった。

どれだけ時間がかかっても構わない。今の東京にはこいつらが必要なはずだ。


こんな私でも、小さい頃はプリキュアになりたかった。

プリキュアがテレビの中だけのフィクションということに気がついたときは、少しショックだった。

私は医者のように怪我の治療は出来ない。自衛隊みたいに人を救助することは出来ない。

私には、私の今できることを、ただハンドルを握ることしかできない。

それでも、今ならヒーローになれる気がした。



「…ふぅ…」

ブルーシートは血だらけだ。でも、患部の止血は我ながら完璧だった。

「さくら、お疲れ様」

その言葉でさくらは我に返ったようだ。オペが終わっても、じっと何かを見つめていた。

「すごい…」

そんな声がどこかから聞こえた。

私を誰だと思ってるの?そう思う傲慢な私はもういない。


「先生、搬送の準備が出来ました!」

まだ終わりでは無かった。この子も他の患者も、ここにいてはもう救えない。

「ありがとうございます。この子と…向こうのゾーンを方をできるだけお願いします!」

さくらはまだ呆然と立ち尽くしている。

「終わってないぞ。ほら行くよ」

背中を叩く。今度こそ、さくらは戻ってきた。

「すみません!」

さくらは自衛隊の隊員の後を一目散にかけていった。


「すみません、搬送先って…」

「あぁ、初森病院です」

初森病院…なら、あいつがいるはずだ。

「あの、伝言を頼んでもいいですか?」



地震の後から病院は休む暇がないくらい忙しかった。

「自衛隊の搬送が入りました!」

また忙しくなるねぇ。そんなこと口が滑っても言えない。

「右足切断の男の子が運ばれてくるので、北野先生お願いします」

しかも今日一の患者だった。でも、なんで私?

「それと北野先生には伝言があります」

みんなが出払った後、こっそりと言われる。

「『私が切った。絶対に助けなさい!』って自衛隊の方から言われて…。何のことでしょうか…」

「いやぁ…何のことですかね?」

とぼけてみせても、その顔は絶対笑っていたに違いない。遅れて私もERに急いだ。

「あっしゅんも言ってくれるじゃん。んな事言われてもさぁ…まったく」

今日一番、エンジンがかかった。

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