『Nameless Story』⑤
「その日」
「んー…疲れた…」
当直明けの日差しは身に染みる。しかも昨夜は急患が多すぎた。
「家に帰ったら、2秒で寝るてやる」
謎の宣言を呟く。タクシーの運転手さんにお疲れ様と労われた。
「ありがとうございましたー」
タクシーを降りる。なんてことの無い、いつもの当直明け。いつもの我が家。
慣れきっていた日常を失うことなんて誰も考えない。
「えっ…揺れてる?」
ちょっと強めだが、日本人ならこれくらい平気な揺れ。これもある意味、日常なのかもね。
「揺れ収まったかな…?」
少し強めな揺れが収まった。美月がボソッと呟いた。
でも、私の心は何故かモヤモヤしていた。
この気持ちの正体を私は知っていた。それでも必死に、必死に気づかないように抑え込んでいた。
でも、ダメだった。体は震え、言葉が出てこない。
「久保…大丈夫?」
「…くる」
私は言葉を捻り出す。美月はキョトンとしている。
「何がくるの?」
直ぐに美月は真剣な表情に変わる。
「大っきいのがくる」
その言葉を待っていたかのように地面が轟いた。
その日、震度7・マグニチュード8.0の巨大な地震が関東圏を襲った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?