棗颯介

小説初心者です。 拙いところもあるかもしれませんが、私の書いた物語で一人でも心を動か…

棗颯介

小説初心者です。 拙いところもあるかもしれませんが、私の書いた物語で一人でも心を動かしてくださる方がいればこれほど嬉しいことはありません。よろしくお願いいたします。

マガジン

  • 夏景

  • 君と僕の知らない物語

    連作短編集

  • 成宮鳴海は考える

  • 夢泥棒は朝に眠る

  • すばらしきこのせかい

最近の記事

夏景 後篇 ~空の章~

「一体、どういうことなんですか?」  なんとか鈴音を初音さんの車に乗せて家まで戻ってきた。  鈴音の容態は今は落ち着いており、ベッドに寝かせて休ませている。家に着く頃にはあの異常なまでの身体の重さも元に戻っていた。しかし、見た目が変わってもいないのに身体の重さだけがあそこまで肥大化するなんて常識ではあり得ない。今まで旅してきた場所でだってそんな伝説や言い伝えの類は聞いたことがなかった。  初音さんはどこか迷う素振りを見せたが、やがて語ってくれた。 「こんなこと、言っても信じて

    • 夏景 前篇 ~海の章~

       青い空と白い雲。緑の山を流れる川に、どこまでも続く広い海。  絵に描いたような美しい夏の景色がこの町にはあった。  その代わり、それ以外には何もなかった。何も。 「あの、どうかしました?」 「………?」  所用を済ませて駅前を歩いていた時、見慣れない男性が町の案内図の前で顎に手を添えているのが見えて、なんとなく声をかけてしまった。都会に住んでいた頃の自分からは想像もつかない行動だ。俺がこの町に引っ越してきて一月ほどになるが、住む場所が変わるとそこに住む自分自身も変わるもの

      • レアリティ

         犬神星華《いぬがみせいか》。  年齢:十七歳。  職業:高校二年生。  座右の銘:「能ある鷹は爪を隠す」。  特技:人命救助。  趣味:人殺し。 「———連絡事項は以上。あと既に聞いてる人もいると思うが、近ごろウチの学校の区内で不審者の目撃情報が増えてるらしいから、部活動がある人も含めて、あまり遅い時間まで居残るんじゃないぞー。クラス委員」 「起立。礼」  午後のホームルームを終え、特に部活動にも委員会にも所属していない私はそそくさと席を立って教室を出た。  私は友達が少

        • It's a Truth World

           一度読んだ小説を読み返すことは二度となかった。  何も小説に限った話じゃない。テレビドラマ、映画、アニメ、ゲーム。思えば交友関係についても同じことが言えるかもしれない。とにかく僕は一度終焉を迎えたものに未練を残さない性分だった。そうだと思っていたのに。  一期一会という言葉がある。出会いは一生に一度のものという意味だが、いろんな人が意味をきちんと調べたこともないのに使い倒しているその言葉が、僕はあまり好きではなかった。それが世の中で流行っているものと知ると途端に興味を持た

        夏景 後篇 ~空の章~

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        • 夏景
          2本
        • 君と僕の知らない物語
          3本
        • 成宮鳴海は考える
          4本
        • 夢泥棒は朝に眠る
          7本
        • すばらしきこのせかい
          5本

        記事

          君と僕の知らない物語 第3話、あるいは第1話

           子供の頃に母の遺骨を墓へ納めに行ったとき、雨が降った。その日の天気予報は晴れ。雨が降るとは家族も親戚も誰も思っていなかった。母の実家の前を車で通りかかった時にだけ、雨が降った。ほんの少しの間だった。ほんの十数秒程度の時間。その時僕は、これは雨ではなくて死んだ母の涙なのだと思った。  以来雨を見るたびに悲しくなるのは、母を思い出すからではない。  誰かがどこかで泣いている。そう思うからだ。 「傘、よかったらどうぞ」 「えっ?」  横断歩道の赤信号で待ちぼうけを喰らっていた時

          君と僕の知らない物語 第3話、あるいは第1話

          君と僕の知らない物語 第2話、および第2話

           他人に理解されなくても構わないと思うようになったのはいつからだったろう。 「あの、もし人違いだったらごめんなさい。もしかして宍戸《ししど》君?」  ある休日の午後。近所のカフェで少し値の張る珈琲に舌鼓を打ちながら最近買った文庫本を読んでいた自分に声をかけてきたのは、カウンター席で隣に座っていた女性だった。一瞬ナンパや勧誘の類かとも思ったが、相手に告げられた名前が合っていたことからおそらくそれはないだろうと、声をかけてきたその女性の顔を改めて注視した。まっすぐで黒い長髪に、

          君と僕の知らない物語 第2話、および第2話

          君と僕の知らない物語 第1話、あるいは第3話

           少しだけ悪い子になろう。そう思った。  今は深夜の一時を少し過ぎた頃。両親は寝室でとっくに休んでいる。壁越しにも聞こえてくる父の豪快ないびきがその証拠だ。今この家で起きているのは私だけ。両親が目を覚まさなければ今なら何をしても私を咎める人はいない。思春期真っ盛りなクラスの男の子たちなら親が寝ているのをいいことに肌色が多いウェブサイトを覗いたりするのかもしれないが、私は違った。 「………」  声を押し殺し、寝室で眠る両親の耳に足音が届かないよう細心の注意を払って歩を進める。う

          君と僕の知らない物語 第1話、あるいは第3話

          stay.

          「ではこれより実験開始です。よろしくお願いします」 「はい」 「はーい」  白衣を着た折り目正しい女性が一礼して部屋を出ていく。室内に取り残されたのは自分と、数分前に出会ったばかりの妙齢の女性。 「んじゃ、えっと。よろしくね、おにーさん」 「えぇ、よろしく」  言葉や立ち居振る舞いは些か軽薄に映るが存外礼儀正しい人のようだ。  自分はこれから、この女性と同じ屋根の下で生活を共にする。  今年で二十五になるが未だ定職に就いていない自分はその日の食い扶持をアルバイトで稼いで凌い

          サンタの服が赤い理由

           赤はレッドゾーン。危険という意味だ。  年に一度、子供たちの枕元にプレゼントを届けに行くサンタクロース(通称サンタ)と呼ばれる人物は世界中にいる。目的や構成人数といった詳細こそ世間には知られていないが、聖夜の空をトナカイにソリを引かせて飛び回り、子供たちのいる家にプレゼントを届ける赤い服の老人———サンタクロースという名前だけは世界中に浸透している。  多くの人々がサンタクロースと言われてイメージするそれは、落ちこぼれのサンタの姿だ。 ▼▼▼ 「キミ、来年は飛ばなくてい

          サンタの服が赤い理由

          風の旅立つ場所

           “死んでも忘れない”。  “ずっと想い続けてる”。  “墓の中まで持っていく”。  そういういろんなところで使い倒された陳腐な言葉は嫌いだった、ような気がする。この島に来る前のことは何も覚えていないから分からないけど、きっとそうだ。美しいことかもしれないが、美しいというのは往々にして外面を指して使われることの方が多いだろう。今挙げた言葉もそれと同じだ。綺麗なのは言葉だけで、実際は迷惑千万。  既に死んだ身からすれば。 「其処からじゃ、海の向こうは見えないよ?」 「別に、そ

          風の旅立つ場所

          TWO

          「私、彼氏できたんだ」  二人で一年ぶりの旅行だった。その帰り道、車を運転しながら花梨《かりん》がそう言ったとき、助手席に座っていた俺の思考が一瞬だけ止まった。一秒とない間だったが、もしその瞬間に弓矢や石礫やミサイルが降ってきたなら何の回避行動もとれずに三途の川の向こう岸送りになっていただろう。 「———いや、おめでとう。それはめでたい」  まずは祝辞。それが礼儀というものだと俺は知っている。別に、何も悪いことじゃない。彼女が新しい幸せを掴んだことを嘆く理由がどこにあるとい

          Calling

           手の小指は何のために存在するのだろう。  子供の頃から疑問だった。親指、人差し指、中指、薬指は必要だと思う。でも小指は無くても問題ないんじゃないだろうか。モノを掴んだりするときに添えるだけ。他の四本が揃っていれば必要ないと思っていた。  だから、いつか二十歳を迎えた日に失くすものは小指にしようと、そう決めていた。 「なぁ、マリン」 「ん?どしたぁ?」  名門桜庭《さくらば》家が持つ豪邸の一つ。東京郊外にあるそこが今の俺の生活拠点だった。お抱えの庭師の手で丁寧に剪定された日

          きみのこえ

           俺は言葉を信じない。  嘘か真かの話じゃない。“力”とでも表現すればいいだろうか。自分の言葉で他人の心を動かせるとも、何かを変えられるとも思っていない。物心ついた頃からそうだった。周りの奴らは俺の言葉なんて真面目に聞いちゃいなかった。所詮子供の言うことだとでも思っていたんだろう。そういう“無関心”という名の悪意を幼心に人一倍感じ取っていた俺は、小学校を卒業する頃には必要最低限にしか他人と口をきかなくなった。  そしてこいつも。 「………」 「………」  高校の帰り道。特に何

          きみのこえ

          それでも、小説は書かない

           小説とは人の欲望の掃きだまりだ。  人の欲望―――七つの大罪とも呼ばれる強欲・暴食・色欲・憤怒・嫉妬・怠惰・傲慢。それらすべてが虚構という建前の元で赦される。もっともそれは小説に限らず人が創造するものの大半がそうなのかもしれないが。この世の富すべてを手に入れることも、美しい女性を思うままにすることも、我を忘れて怒り狂うことも、他者に醜い感情をさらけ出すことも、無為自然に過ごすことも、際限なく溢れる美食を堪能することも、世界の頂点を極めることも、すべてが。  現実では決して過

          それでも、小説は書かない

          夏の彼方

           何かが変わると思った。  根拠はなかった。漠然とした淡い期待だけがあった。  今の自分がどこまで遠くに行けるのか、自分の限界を確かめたかった。  この夏に。 「はぁ………」  書き置きを残して家を出て、電車を乗り継いでこの海辺の町にたどり着いた。駅前には寂れた定食屋が一軒あるだけ。人の活気を求めて宛てもなく町を彷徨いこの浜辺までやって来たが、途中で遭遇した相手と言えば縁起の悪い野良の黒猫が一匹。どうしようもなく、ここは田舎と呼ばれる土地だった。 「変わるもんがないんじ

          夏の彼方

          夢灯籠

           高校の屋上から見える空は徐々に白み始めていた。  どこまでも伸びる朝日の光を一身に受けながら、私は新しい朝に自らの終わりを求め、躊躇うことなくフェンスを乗り越えその身を投げた。  一瞬の浮遊感を覚えた次の瞬間、私はこの星の見えない力に従って勢いよく地面へ落下していく。このままどこまでも加速していけば私は終わりの向こう側へ行けるのだろうかと曖昧な妄想が頭をよぎる。死が目前に待ち構えているというのに。しかしその加速は数秒後に終わるのだ。固い無機質なコンクリートの地面に止められて

          夢灯籠