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あと100秒

 「終末時計」というものがある。もとは英語で "Doomsday Clock"、いかにもSFっぽい用語だが現実のものだ。

 とはいえ現実にある時計のことではない。アメリカの隔月誌『原子力科学者会報』に1947年から年一で掲載されている指標のことで、深夜0時きっかりを人類絶滅の時刻と見なして今は「何時何分何秒」に該当するのか、世界情勢をふまえて比喩してきたものである。

 2022年は23時58分20秒を差していた。残り100秒である。

このときは23時53分0秒だった(2002年付)

 『会報』は、1945年8月の両原爆投下による無差別大量殺戮、つづく冷戦体制によって現実味を帯びていた核戦争への警鐘を旨として創刊された。

  • 環境問題(温暖化や気候変動の観点から)

  • 技術革新(多国間の軋轢あつれきを生み出しかねないもの)

  • 生物一般(テロリズムの脅威として)

 上記のテーマも含めた時事エッセイを扱う雑誌(保守寄り)で、今世紀に入ってからはそれらもまた針の進退要因とされている。

 そんな雑誌なんて「戦争の世紀たる20世紀の遺物」と思われるかもしれない。が、この21世紀こそ「戦争の世紀」であることは、わざわざ前世紀の戦争ほぼ全てに関わっていた国の刊行物に教わるまでもない。

 いとぐちは「人口」にある。

 2022年11月15日(あと2ヶ月足らず)、世界人口は80億を突破する。2030年には86億、2050年には98億に達する試算である。

 このおびただしい増加率の大半は、いわゆる後進国・地域が担っている。0才から栄養失調を負わされ、8才から観光客向けに街娼に立ち、15才で硬球ではなく手榴弾を握り、1日120円足らずで暮らしている、そんな人々が今も毎秒4.5人ずつ増えているのだ。

 2013年、世界71億人の平均消費量を持続させるには地球1.7個が必要だった。10年前、貧富の差を是正した平均値においてさえも、全人類を生かすための資源が地球ひとつぶんではまかなえなかったのである。

 ちなみに当時の日本人の平均的生活水準で換算してみると、地球2.8個が必要だった計算になる。

 どうしたって地球はひとつしかない。でも総人口は増え続けている。いよいよ「これまで通り」は通用しないはずだ。

 でも、まだまだ発展Developmentしていたい。なんとか「これまで通り」を持続させてSustainいたい。

"Development"を「開発」と訳すのは一種の詐欺

 だからマイバッグを使う、そこに鶏卵10コ180円を詰めながら。だから「子ども﹅﹅」と書く、ユニクロを着てスマホをいじりながら。

 猫も杓子も「エスディージーズ」の昨今、本質を見極めていないそれは往々にして矛盾を孕んだ片手落ちになりかねないが、どうだろう。

 国連主導だからアメリカ発だからって、なんでも正しいはずはない。カタカナ英語に飛びつき踊らされているだけでは、それこそ「これまで」と何も変わらない「ジャップ差別英語」のふるまいだ。

 それじゃダメなんだ。かつてそう喝破した賢者がいた。なぜ自分の頭で考えないの、と。

©︎ハフポスト

 2030年には3人に1人が老人となる国が、先進国(主にアメリカ)の我欲の論理に追従しているだけでいいのだろうか。

 生きるために必死の若々しく筋骨たくましい狩猟民族が、人力も国力も衰微しつつある老いた農耕民族の資源を奪取戦争できるときを、海の向こうで今か今かと待ち受けている。「そんなことはない」なんて、まともな眼があれば断言できるはずがない。

 暴力なんて誰だって御免だ。でも、それを他ならぬ自分自身で呼び込むなんて、もっと御免だ。

 「ことば」に鈍感であることは、思考力陶冶とうやを軽視あるいは放棄することに等しい。21世紀もそろそろ四半世紀、われわれはまだそのことに無反省であり続けている。

 「これまで通り」では、もうダメなのだ。の国のように国土も焼尽され家族も蹂躙じゅうりんされてからでは、手遅れなのだ。

 それでも針は止まりそうにない。

 秒針・長針・短針を備えた「時計」は、日本には明治時代に初めて輸入され普及した。おなじみの擬音語「チクタク」も英語tick-tockに由来する。

 その「針」は、英語では "hand" という。もともと大小なんでも時計は手巻きだったからである。

 つまり、針を進めるのも戻すのも人間のわざartのはずだ。それなのに、「終末時計」が作動しだして75年、今が史上いちばん0時に近い。

 あと100秒。

 チクタク、チクタク、

 「日本」に残っているのは、あと何秒?

 チクタク、チクタク、────




懐疑する力、それは考える力そのものである。

西部邁






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