見出し画像

結婚という墓場に引き摺り込もうとする北風と、意図せず結婚に気持ちを向けさせる太陽。

未婚である。30半ばにして、ぶっちぎりの未婚だ。はっきり言って、他の追随を許していない。一部の友人は結婚をして出産し、離婚して、別の相手と結婚して、出産し、再び離婚している。そんなひと達からすれば、私など人生周回遅れも甚だしい。

今の私の暮らしぶりに、結婚の気配はない。同じ"けっこん"でも、先日痔瘻の手術をしたため、血痕の方に関しては割と身近である。


とはいえ、未婚であることに不満はない。元々寂しがり屋ということもなく、誰かといる方がストレスを感じる事もあり、緊急事態宣言下での半隠居生活もそろそろ退屈感が芽生えてきたが、ジムやサウナが営業を再開すればまたマイペースな暮らしを再開できる。

四十歳を過ぎると、男は自分の習慣と結婚してしまう。
- ジョージ・メレディス -(1828~1909)

私は既にこの境地にある。結婚そのものがステータス化している昨今。きっとこれから先、もっと若くしてこの境地に入る男が増えることだろう。

そんな気ままな私に対し、親友は、「結婚はしたいしたくないではなく、しなくてはならないのだ」と力説する。ここ数年アドラー心理学に精神を殺されている彼は、結婚を人生の課題で有ると語り、それを果たさない私を自立していないままの子供であると言う。

確かに、私は健康面や経済面、自身の性格など、色々な点から他人の人生に責任が持てると思えない。自分の気持ちいい事を求め、自分が傷つかないように生きている。そういう意味でも、子供と言われても仕方がない。そう思われるなら、それでもいいと思う。


私が結婚願望を無くした理由なんていくらでもあるが、やはり周囲の体験談に起因する部分も大きい。

職場の女性や友人は、自分の夫の事をこう語る。

「旦那はクソ。子供のこと以外では口も聞きたくない。子供がいなければ離婚してる」

「旦那はカス。まず、顔が無理。あと、洗っても臭い」

「恋がしたい。でも旦那とは無理」

「私の話、冗談だと思ってるでしょ?マジで毎日死なないかな、と思ってるよ」

「私の友達に聞いても、みんな結構不倫してるよ。私はしてないけどね。ホントだよ。私はしてないよ」

散々そんな事を言った挙句、私に問う。

「ねぇ、結婚しないの?」


は?である。あんたらのそれを聞いて、誰が結婚したいと思うの?は??


また、男の友人に話を聞くと、話は余計悲惨だ。もはや生ける亡者である。鎮魂歌のひとつでも歌って、心静かに眠らせてやりたいと思う。

「子供が生まれてから、オレを見る目がゴミを見る目なんだ」

「オレは嫁のこと好きだからさ、たまにはSEXだってしたくなるんだけど、最近は触っただけでキレられるんだ」

「嫁が、とにかく何にもしない。働いているわけでもないけど、家事もしないんだ。最近は風呂に入るのもやめたよ」

また、子作りについてもこんな話があった。

「嫁と子作りする時って、もうSEXとかじゃないんだよな。作業。AV見てオナニーして、イキそうになったら待機してる嫁のとこに行って、中に出すんだよ」

……なんだ、その製造工程は。やっていることがほぼ鮭である。性行や交尾というよりも、受粉とかに近い。

そうして出来た子供から、将来「赤ちゃんってどうして生まれてくるの?」と聞かれた時、思い出してブルーになりそうである。

また、こんな話も聞いた。

「仕事が終わって家に帰ってさ、遅いから嫁も子供も寝てるんだよ。起こさないように、そっとダイニングの明かりをつけて、冷えたご飯を食べるんだ。作ってくれるだけありがたいよ」

「食べ終わって、良かれと思って食器を洗うと2階から凄い勢いで嫁が降りてきて、せっかく子供が寝たのに起きちゃうから、余計なことすんな!!洗わなくていい!!って怒られるんだ」

「それでオレも反省してさ、食後に食器を洗わないようにしたんだよ。そしたら数日後、嫁になんて言われたと思う?」

「ため息つきながら、"食べっぱなしで洗いもしないんだね"だってさ。何も言えなかったよ。どうすりゃいいんだよ、って感じだよなぁ……」

その場にいる全員が泣いた。地獄じゃねぇか、そんなの。結婚は人生の墓場って、マジじゃねぇか。

彼らは、口を揃えて言う。

「結婚するまではそんなことなかった」

「子供が生まれてから全てが変わった」

「子供も好きだし、嫁も好きだけど、嫁からも子供からも嫌われてる」

結婚したり、子供を産むことで、女性はみんなガッキーからジャッキーへと変わり、最終的にチャッキーみたいになるらしい。

みんな、斜め下を向いている。大きく項垂れたその頭部は、まるで今にも茎から落ちそうな椿の花。いっそ、このまま私が介錯してあげた方がいくらか幸せなのかもしれない。

帰り際、「月の小遣いが3000円だから、こういう時のために節約してるんだよ」と笑いながら、割り勘分を払った友人がフッと鼻で笑いながら私に聞く。

「で、お前はいつ結婚すんの?」


は?である。あんたらのそれを聞いて、誰が結婚したいと思うの?は??



つい先日、星野源と新垣結衣が結婚した。新垣結衣は美人だと思うし、同じクラス、同じ職場にいたら間違いなく毎日目で追うだろうなぁと思う。けれど、星野源に嫉妬を覚えるわけでもなく、大きな衝撃も感じなかった。正直、彼らの結婚は私からしたら外国や他の星の話である。


しかし、先月発表された有吉弘行と夏目三久の結婚は、驚かされた。それは、「夏目三久の結婚」に対してではない。「有吉弘行の結婚」に対して、である。


私は有吉が大好きだ。なんなら尊敬していると言っていい。『クイズタレント名鑑』、『クイズ正解は一年後』などで見せる悪ふざけ感。『マツコ有吉の怒り新党』や『あだ名芸』などで見せた観察眼、着眼点と表現力。そして、バランス感覚に優れた彼の立ち回りは、私の心を捉えて離さなかった。

最近は以前と立場が変わってしまい、テレビで迂闊な事も言いにくくなってしまったようだが、毎週日曜に放送されているラジオ番組では未だに切れ味の鋭いトークが冴え渡っている。本来都内では聞けないラジオなのだけれど、私はradikoの有料サービスに加入して毎週の楽しみにしている。

最近の地上波では見せない、以前と変わらぬ傍若無人ぶりを披露し、自らを「太田プロの真珠、広島が産んだ快男児、軍人ロックスター」と称して、情緒不安定な様をリスナーに晒す有吉。

「ゲスナー」、「ゴキブリ系男子」と呼ばれる優秀なリスナー達から届く地獄を煮詰めたかのようなメールを嬉々として読み、アシスタントの後輩を恫喝しては、やれあの漫画が面白いだの、ゲームが面白いだの、風俗には手土産を持参しろだのと大スターのくせに素人風を吹かす。

最近は表現もマイルドになりつつあるが、それでもラジオ内の発言のほとんどが、「童貞」、「包茎」、「しょんべん」、「アナル」など、心臓の弱い方には勧められない内容ばかり。最近では、獄中リスナーから届いた検閲に引っかかって真っ黒にされたお手紙も面白かった。

今この世で一番面白いラジオだと思っている。


それでいて押しも押されぬ大スターの一面もある彼だが、前述の通りラジオでは我々と変わらぬ一般人のような生活をしていると語り、悠々気ままな独身生活を楽しんでいるように感じていた。

私とは社会的地位も収入も1000ゲーム差以上開いているのに、尊敬だけでなく親近感も抱いてしまっている私は、

「有吉だって独身で楽しくやってるんだから」

と、勝手に独身の星として崇めてしまっていたのである。

そこへきて、先日の結婚報告である。前述の通り、『怒り新党』は私も大好きな番組だった。私は大変に驚き、強い感情が胸を包んだ。祝福の気持ち、ではない。


狼狽、である。


これには大きなダメージを食らった。マンガでよくある『ガーン!』と言う表現は相応しくない。もっと、内臓に響く具体的なダメージだった。

ラジオでバカなことしか言わない有吉に対し、「一生独身だろうな」と勝手に期待した挙句、やっぱりそうなのか、アンタも結婚しちまうのかと、これまた勝手に失望してしまったのである。

どうやら結婚が発表された週のラジオを聞く限り、同じ想い抱いていたのは私だけではなかったようで、名のあるゲスナー達もこぞって自分の身を案じていた。祝福のメールはほとんど読まれず、「目が覚めた」、「我に返った」というようなメールが多数あった。

みんな、

「俺たちの有吉さんだって、独身を選んで楽しく過ごしてるじゃないか。結婚なんかしなくてもいいんだ。それでも楽しくやっていられる」

と、有吉に自身を重ねて錯覚し、独身である自分を正当化して、安心していたのである。


後日、『マツコ有吉の怒り新党』が一夜限りの復活を果たした。私は感激と懐かしさで番組を楽しんだ。3人の変わらぬやり取りが見れて嬉しかったが、やはり完全にこれまで通りという訳でもなく、そこには照れながらも妻を尊重している様子を見せるかつての独身の星がいた。

その姿に、どんなに周囲から結婚を勧められても動かなかった私の心が、大きく揺り動かされた。

(独身生活を満喫しているように見えても、みんな裏では結婚に向けて恋人と愛を育み、お互いの生活や性格の擦り合わせをしているのかもしれない)

(既婚者の人も、照れ臭がって文句を言っているだけで、本当は毎日幸せな日々を送っているのかもしれない)

(確かに、公の場で惚気をいうよりも、家庭内のグチや文句を言った方が盛り上がる。みんなの文句も冗談半分なのか?)

私は、「結婚とは、やっぱり穏やかで幸せなものなのかもしれない」と考えを改める様になった。

どんなに周囲からの「結婚重圧」にも動かなかった心が、「憧れの人の結婚」だけでこんなに揺れ動くとは思わなかった。まるで『北風と太陽』みたいな話である。

あの有吉さんが、結婚という答えを出したのだから、そこまで頑なに忌避感を覚えるものではないのだろう。

私も今後、結婚について真剣に考え、向き合う必要があるのかもしれない。

しかし、まだ心のどこかで、

「それでも、それでもまだリリーフランキーが居る……!」

と思ってしまう自分が居り、だったらまだ大丈夫だな、と逃げに走るあたり、私という人間は全く救いようがないなぁと思う次第である。



追伸

冒頭の、結婚生活に不満を抱いていた夫婦の一組が、お互いのテレワークで我慢の限界を迎え、離婚したらしい。そこの夫婦に限っては、ガチだった様である。やっぱり結婚は墓場なのかも知れない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?