東京日朝焼肉大戦争血風録(14)
ぽっきりの法則ということばがある。
主に夜の街で聞かれることばで「3000円ぽっきり」という甘いことばについて行くと、大概ひどい目に合う。3000円どころか30000円払う羽目になることも珍しくない。
歌舞伎町にはそんなぽっきり遣いがうようよしている。PTAの成れの果てはこんな風になるだろうというおっさんたちが徒党を組み練り歩き、ある者は「客引きは違法です」とトラメガでがなり立て、その横のスピーカーからはヒステリックにコミカルに横澤夏子が「客引きについて行かないで」と叫んでいる。
歌舞伎町の一番街では、かように好対照で面白い光景が広がる。ヤクザが肩で風切り歩き、中国人マフィアが暗躍し、小汚い開発から取り残されたエリアを歩けば「DVDDVDDVD」という怪しい呪文を唱える輩がわらわらと沸いて出てきた。そんな魔窟の色は年々薄くなっている。
ゴジラが街を睥睨し、怪しいネオンのビルからカラオケ館のビルが建ち、まさかと思ったのは、コンビニエンスストアがいくつも出来たことで、よくもこんなところに店構えたよなとため息を吐く。コマ劇場前の広場から、殴られ屋の姿が消え、噴水も無くなり、北島三郎の公演も開かれなくなった。
このシチュエーションでついてくバカいるのかよと思うが、アルコールというのはよっぽど人の脇を甘くし、そしてついて行く奴がいるのだろう。いつも客引きたちは笑顔で何か話している。世に悪の種は尽きまじというわけである。コロナの今はどうだか知らないが。
普段酒をたしなまないぼくはこの手の話に引っかかったことはない。だがある日、メールが1本入った。「牛肉・すっぽん肉・犬肉・猪肉食べ放題で3000円。いかがっすか」。一度名刺交換をしたことがある在日コリアン男性からのメールだった。
明らかに怪しい。場所は横浜、最寄り駅は西横浜駅。相鉄である。昔から都心への進出の野望を滾らせた相鉄は、悲願叶って最近都心に顔を出すようになったが、当時はまだ海老名と横浜を結ぶイチ神奈川の私鉄に過ぎなかった。神奈川県民の多くは二俣川に免許更新に行く時くらいしか乗らないあの相鉄。しかも普通電車しか止まらない駅に来いという。
男性にぼくはメールを送った。返事はすぐに来た。
「北岡さん痩せてるからさぁ。すっぽんとか犬とか食べて精つけなきゃ」。
馴れ馴れしい文体が明らかに怪しい。開催は昼だから大丈夫だろうと思うのだが、ぷんぷんと怪しい香りがする。
「本当に3000円なんですよね」。念を押す。
「3000円!3000円ぽっきりです」。
うわぁ。これ、歌舞伎町で嫌になるくらい聞いたことばだわぁ。
3000円に交通費を加えて5000円!では心もとないから6000円だけ財布に入れて、1000円札を1枚小銭入れに入れて、クレジットカードを抜いて、キャッシュカードと保険証と免許証も念のため抜いておいた。これで守りは万全だが、これで職務質問食らったらややこしくなる。官憲との守りは薄くなる諸刃の剣である。
タワマン立ち並ぶ武蔵小杉で乗り換える。数年後、シン・ゴジラの防衛線となり、また未曽有の大洪水が襲い、下水が逆流しムサシウンコスギと呼ばれる悲劇をこの街はまだ知らなかった。
季節は夏。暑い。
#コラム #エッセイ #北朝鮮 #北のHowto #出版 #焼肉 #在日 #編集者さんとつながりたい #日朝関係 #在日コリアン #歌舞伎町 #横浜 #西横浜 #ぼったくり #ヤクザ #中国人 #ぽっきり #相鉄 #焼肉店 #武蔵小杉 #神奈川 #ムサシウンコスギ
サポートいただけたら、また現地に行って面白い小ネタを拾ってこようと思います。よろしくお願いいたします。