東京日朝焼肉大戦争血風録(13)
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東京日朝焼肉大戦争血風録(13)

 東川口駅はすり鉢の底にある。東西を武蔵野線が高架で、埼玉高速鉄道が南北に地下を走っている。いずれも開業年度は最近。そのため街の作りは少し独特で、駅前にすべての施設が集まっておらず、図書館はじめいろいろな施設が散らばったニキビのように街のあちこちにある。

 駅前広場では毎日のように誰かが街頭演説をしていた。今日は自民党、翌日は(旧)民主党。日本共産党の時候補者の時だけ、駅に住む三毛猫がちょこんと座って行儀よく聞いていたので、ヨヨギと呼ぶことにした。ぼくがヨヨギと呼ぶと、恰幅のいいその三毛猫はにゃあと律儀に鳴くのだった。

「どこかご飯食べに行こうよ」と妻がいった。9月9日。ぼくたちの結婚記念日であり、なぜか北朝鮮の建国記念日だった。ぼくたちは家を出て、すり鉢の壁を南の方に向かって登って行った。駅前から伸びる道沿いにその焼肉店はあった。

 店の名前はKという。立派な門構え。なかなか高そうな雰囲気。特に店名から政治性は感じられなかった。今から思えば、朝鮮半島北部を収めた国の名前ではあったが。

 店内に入る。天井が高い。煙が店を覆っていない。朝鮮画が壁に飾られている。いわゆる街の焼肉屋とは明らかに雰囲気と高級感が違う。待て!ぼくの視線が何かを捉えた。来日した北朝鮮のサッカー選手団がこの店を訪れている写真が飾られていた。これは…、当たりだ。

 妻が「見て」とそっと指さす。トーチがあった。北京オリンピックのトーチがなぜここに?そのトーチの横に、ぼくが平壌で何度も見た千里馬像の写真があり、店の主人と思しき男性がそのトーチを掲げ走っていた。

 平壌での聖火リレーに参加しているのか!こ、これはすごいぞ。鉱脈を掘り当ててしまった。ガチ、北寄りの焼肉店がまさか家の最寄りにあったとは。ぼくたち夫婦は、特にぼくは自分の正体を知られないように、ことばと表情に注意しながらノンアルコールカクテルを頼んだ。

 乾杯をする。「ま、これからもよろしくお願いします」とぼくが妻に頭を下げると、横でもグラスを重ねる音がした。ふと横を見ると、夫婦と小学生くらいのお嬢さんの家族連れがいた。「チュッカハムニダ(おめでとうの意)だな」と夫がいう。

 と、隣の夫婦は在日コリアンか!しかも建国記念日を祝いに来ている!!ぼくたちもその乾杯に加わりたかったが、自重した。「いやー、貴国の建国おめでとうございます。今日、ぼくたちも結婚記念日なんです」と言ったらどうなっただろうか。「あなたたち、ハムの人ですか?」と間違いなく怪しまれるに違いない。

 なおハムとは公安の意。公安の公をバラして読むとハムになる。

 肉は絶品だった。実に美味だった。カルビは脂をとろけさせ、ロースはどこまでも肉の味が濃厚に残った。結婚記念日(と建国記念日)を祝う料理として不足はなかった。むしろ余った。

 夫婦で散々肉を食べ店を出た。その数年後妻は「埼玉の僻地から、荒川38度線を越え、再び首都に向かい我々は力強く、不退転の決意で南進する」と力強く宣言。荒川38度線を越え都内に引っ越して以来、ぼくたち夫婦はKを訪れていない。

 後年、朝鮮大学校の教員と話す機会があり、Kについて聞いてみた。70代のその教員は「お、おま!K行ったの?なんでK知ってるの?あそこはおまえ、別格だぞ。共和国から代表団来たら毎回あそこで歓迎宴やるんだよ」。叙々苑でもなくトラジでもなく、K。

 敢えて店の名前は明かさない。東川口から南へ。徒歩10分くらい。ヒントはこれだけだ。探して見て欲しい。

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北岡 裕

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キムチは北に行くほど辛くなくなります
著述業。東京在住。著書に「新聞・テレビが伝えなかった北朝鮮」(角川書店・共著)。2003年から5回訪朝。一般社団法人内外情勢調査会での講師。週刊金曜日、週刊SPA!朝鮮新報など日本、在日メディアで数多く執筆。現地での実体験をもとに、新たな日朝関係の可能性について発信しています。