見出し画像

平壌で朝食を#4 雨が止むのを待ちながら

 既に7月も終わろうというのに東京では雨が降り続いている。新海誠の「天気の子」ではあるまいがいまいましくも降り続く。夏は未だやって来ない。ぼくは今年まだ、アイスクリームを食べていない。かき氷も。

 地下鉄を降りたら通り雨。出口に人が溜まっている。傘を持たぬ人たちの群れのひとりになって、さていつ飛び出すか勇気と雨量を図る。同じような人たちが幾人もいて視線が泳ぐ。こういう時に何か、他愛もない雑談をと思うが今は別にスマホをポチポチッとしていればいい。むしろその方がいい。

 ところで在日コリアンの話す日本語は、イントネーションも発音も完璧なのだが、時々ピントがずれる。だが、それが結果的に正鵠を得ていることが多々ある。朝鮮大学校の教員というのがまさにそれで、彼らは普段授業や生徒とのやりとりは朝鮮語なので、どこかズレる。

 知己のある編集者の朝鮮大学校の取材に同行したことがあった。編集者がぼくもいっしょに、広報部に取材申請をしてくれたのだが警戒された。何度か「あの北岡です」と編集者は伝えるのだが「その人どこの記者?産経じゃないの?」とその教員は警戒感を露わにしたという。やり取りの末何とかお互いに話が通じた時に「ああ、あのおちゃらけた北岡さん!」と得心したその教員は言ったという。

 おちゃらけた。なかなか聞かない日本語。けれど、ぼくという人間を見事にいい当てている。この表現はいたく妻が気に入っている。ぼくは取材当日、嫌味半分で「おちゃらけた北岡です。今回は取材へのご配慮、ありがとうございました」と話したのだがその方には通じなかったようだ。

 かように日本のマスコミへの在日コリアンの方々の不信感は根深い。特に産経新聞。夕刊フジ。現状、好意的な媒体というと週刊金曜日や神奈川新聞など本当に限られていて、あとは記者個人との信頼関係で何とか繋がっている印象がある。繰り返すがただし、産経新聞は除く。伝える力が脆弱化している。

 ぼくのようなしがないフリーランスのおっさんは、警戒される。「記者です」と名乗ると緊張感が走る。幸い、朝鮮総聯の機関紙、朝鮮新報の”おちゃらけた”記事のおかげで、何とかなっているが、それでも知らない人に取材をすると空気は硬い。

 この空気を柔らかくしたい。あるいは、取材が少し行き詰まった、一呼吸入れたい時の話題。昔ならここでたばこを一服なのだろうけど、そういうわけにもいかない。

 まるでそこは雨が止むのを待つ地下鉄の駅。湿った空気を何とかしないと。

 そこでぼくが決まって話すのが「ところで…。お勧めの焼肉屋さんとか、美味しい朝鮮料理の店ってないですか」。言い訳を重ねる。「妻と行こうかなって思ってまして。こうやって休日も妻に留守番させて、ぼくはこうして好き勝手していて、せめてもの罪滅ぼしってわけでして」。妻への罪滅ぼしというのは半分本気である。

 するとここがいい、あそこがいい、ここの店は友達がやってるから私の名前を出したら安くなるよと盛り上がる。しかも全世代に効く。「うち、焼肉屋さんやってます」とはにかんで答えてくれた学生さんもいた。「え?おすすめメニューはなに?」と畳みかける。

 雨は上がった。もう晴れ間がのぞいている。ここまで来ればお終いはもうすぐ。頭の中であっという間に記事の構図が組み上がり、やがて結末の一行まで浮かぶ。

 在日コリアンの方との雑談力。とかく警戒されがちで、両国の関係も悪い中、無難でフラットな話題といえば「美味しい焼肉店。朝鮮料理の店」。後日訪れたらなおステキ。自分の隠れ家も増える。妻も喜ぶ。

 こうしておちゃらけながら、ぼくは仕事をしてきた。

■ 北のHow to その62
 政治と宗教の話はNG。野球も好みが別れる。無難な雑談って実は難しい。まして今の日朝関係を考えたら。天気の話が無難なのだろうけど、臆病に過ぎる気もする。用件だけ取材して聞いて、サヨナラというのもまた寂しい。何か話の接ぎ穂を探した結果がコレ。結果、きれいなアンジャッシュの渡部化が進む。

#コラム #エッセイ #北朝鮮 #韓国 #北のHowto #料理 #天気 #天気の子 #編集者さんとつながりたい #新海誠 #産経 #焼肉 #在日 #料理 #アンジャッシュ #渡部 #新海誠 #妻 #グルメ

 

 

サポートいただけたら、また現地に行って面白い小ネタを拾ってこようと思います。よろしくお願いいたします。