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地下鉄の少年と、耳の奥の秘密

 Facebookで見つけた実に衝撃的な写真。

 地下鉄の中でイヤホンをつけて音楽を聴くのは、マナーとしては当然のこと。ただ場所が北朝鮮、平壌というだけでそれは全く別の意味を持つ。

 少年が何を聴いているのか想像が膨らむ。学習教材なのか。それとも音楽なのか。音楽なら当然北朝鮮の音楽であろう。まさか韓国の音楽、あるいは洋楽ではあるまいか。そうだとしたらそれは、北朝鮮では重大な犯罪となる。

 かつて北朝鮮を訪問した時にものすごく怒られたことがある。北朝鮮の人に会う度に「北朝鮮の音楽の中であなたの好きな曲を教えて」と聞いて回ったことに。10曲くらいのリストを紙に書いて見せてみた。
 
 この質問は非常にウケた。外国人(しかも、あの憎たらしい日本人がだ)がまさか北朝鮮の音楽を知ってるなんて!しかもこんなにたくさん!北朝鮮の人には衝撃だったようだ。

 ぼくの並べた北朝鮮音楽のラインナップにきゃあきゃあ大騒ぎしてくれたのは若い女性接待員。「ねえ先生様。この歌知ってる?」と突然アカペラで歌い出す彼女。当然こっちも知っているからいっしょに歌ってさらに盛り上がった。「先生様!ホントに日本人なの!」。こういう時の彼女たちの距離感とボディタッチの激しさと言ったら。いい匂いがしたなぁ…。柔らかかったなぁ…。いやいや、モテ期来てましたよあの時は。人生に3度あるモテ期をこうしてぼくはムダ遣いするのだ。

 ホテルのフロントのおじさんはぼくの見せたリストを見て、一瞬唖然としたが次の瞬間大笑いして「おい!外国の先生様が面白い質問して来たぞ!おまえら大変だ!今すぐこっちこい」とバックヤードの部下たちを呼び集めてくれた。戸惑い顔の部下たちも、やがて大笑いして大騒ぎであの曲がいい。この曲がいいという話になった。

 それを見ていた北朝鮮当局の案内員は「その質問はよくありません。どの歌がいいと答えるということは、どの歌がよくないと言っていることと同じです。わが国の歌は全てがいい歌なのです」とぼくのことを怒った。声は冷静だったが、かなり怒っていた。ぼくは北朝鮮の真髄を心ならず突いていたからである。

 北朝鮮の音楽は、ほぼ100%指導者を、国を、体制を、朝鮮労働党を誇り、また生活を鼓舞するものである。つまり、全てが称揚歌であるといえる。音楽が思想を導き、支配する。案内員の理屈もそう考えれば頷ける。

 一方で思ったのだ。北朝鮮でのスマホやタブレットの普及を見て、彼らがそれで音楽を聴き始めたら新しい時代が始まると。自分だけの、好きな音楽のセットリストを作り聴き始めたら、北朝鮮当局のいわゆる音楽で支配する、音楽政治の狙いは徐々に外れていくだろうと。

 それが新しい時代を作る力になる。日本では既に、J-POPは何だか勢いはなく聴き飽きて、紅白歌合戦もかつての輝きはなく、あるいはK-POPに駆逐されつつもある。

 だがかつて、日本でも音楽がどっかと座り、政治や時代に影響を与えていた時期があった。新宿西口広場で連日連夜行われていたフォークの演奏と合奏。吉田拓郎の狂気を孕むつま恋での「人間なんて」の熱唱。一年を締めくくる紅白歌合戦。

 ぼくはこの地下鉄の少年が何を聴いているかとても気になる。そして出来ることなら、彼の好きな北朝鮮の音楽について心行くまで話をしてみたいと思うのだ。

■ 北のHow to その112 
 ぼくが日本の地下鉄の中でいつも聴いているのは北朝鮮の音楽です。称揚歌のひとつの要素にわかりやすさがあります。発音も、速度も、ことばも。わかりやすく簡単に染み入ることが出来なければ、称揚歌の意味はありません。ラップやスラングが混ざるK-POPとは違うその明瞭さは、学習の一助ともなります。一方でこれにはまると色々生活に齟齬も出て来るのですが。 

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サポートいただけたら、また現地に行って面白い小ネタを拾ってこようと思います。よろしくお願いいたします。