見出し画像

ポスト

飲んで酔っ払うまでが好きだ。夜の匂いと飲酒のセット。頭がゆるくなってどこまでも思考を手放せるあの感じと、夜更の許しの空気感。ぼんやりと橙色の提灯が光る店のあちこちに、どうしようもない今日の色々を抱えた人たとがぼーっと入ってきて笑ったり泣いたりする。陽の下では恥ずかしくって言えないあれやこれやも、夜になるとポツポツと思い出したかのように話せる。ぶん殴っても機能しない頭と、うまくまとまらなずにはみ出し続ける言葉を武器に長い長い夜を過ごす。朝になると何もかもが薄っぺらい記憶になっていて、あほかよと思いながら1日を始める。酒はプラシーボ。

体のダルさが続いていて、ふとカレンダーを振り返ると、あーあの日かと思い出す。きちんと記録しておけるような性格でもないので、脳の隅っこから先月の「その日」を引っ張り出して照らし合わせる。眠気と気怠さとむくみと腰痛。あと何年もこれと付き合うのかと思いながらカフェインもアルコールも注ぎ込む。ソファに沈み込むようにして夜を過ごす。体の中で血液が巡っているのをぼんやりと想像する。意識とは無関係のところで起きていることが不思議でしょうがない。学校の理科室に置いてあった模型と、自分の体が同じなのかと眺めてクラクラしていた。世界にはまだわからない、知らないことが山のようにある。

ぱちぱちと文字を入力すれば、一瞬でありとあらゆる情報に手が届く。探した先でわからないことに出くわして、また探す。そんなことをしていると人工知能が趣味志向の山をかき分けて、これはどうですかと提案してくれる。少し前まではいかがなものかと思っていたけど、気怠い時期がやってくるとありがたいなと感謝する。人工知能の100倍わがまま。自己中心。それが人が人である最たる証拠なのかもしれない。

電話も飛行機もパソコンも、発明したときのあの喜びや感動はもう2度と味わえない。生まれるという根源的な感動は時代を超えて人の心を震わせる。過去に戻れるなら聞いてみたい。生まれた時のこと。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?