慢心に起因する満身創痍
こんにちは。
株式会社プロタゴワークスあかねです。
「ぺこぱに会わせておくれ」
これは、もしも、今日の日中に、神龍(シェンロン:byドラゴンボール)が僕の目の前に現れたなら、迷わずに口にしたであろう願い事です。
今日は、お昼ご飯を食べる為に、会社から歩いていける場所にあるカレー屋さんに行きました。
そこは人気店なので、お店が混み始める前に行こうと思い、開店時間の11時ちょうどにお店に入りました。本当に、近所で良かった。
この時間にお昼ご飯を食べる事は、実は、朝から自分の中で決めていました。
今日は、日曜日ですが、オンラインイベントである『こまば哲学カフェ シリーズ「働くって何だろう?」』の第2回目の開催日だったので、会社の事務所から参加するために出社しました。
とは言え、日曜日ですし、このオンラインイベント以外に誰かと会う予定も無いので完全なる普段着のまま、いつもよりもやや遅めの時間に出社してきました。
しかも、今日は朝ごはんを食べていません。
理由に何の心当たりも無いんですが、朝起きた時には食欲がありませんでした。昨晩の最後の食事を普段よりもかなり早めの時間に済ませて以降は、何も食べておらず、お酒も飲んでいないにもかかわらず、朝にお腹が空いていない。
そして、今日は、11時にはランチを食べようと画策していたので、朝ごはんは食べずに会社に向かいました。
そんな状態でカレー屋さんに来たし、朝とは違って空腹も感じてきたので、「これはガッチリ食べられるぞ」と自分のお腹に期待を寄せました。
そして、つい先日からの自分の課題である「保守的なメニュー選びをやめる」というのを早速実行するために、普段の保守的な自分だったら選ばないだろうけど、メニューを眺めて今食べたいなあと思った物の中から「最も優先順位の低い物を選ぶ」という方法で選んだのは『ドライカレー』でした。
そして、メニューには「大盛+50円」と書いてあります。
「+50円の大盛という事は、それ程驚くような増量では無いという事だろう。それに、今日は朝ごはんも食べていないし、昨日の晩ご飯から数えると実に16時間は何も食べていない計算だ。これなら、間違いなく、いけるはず!」
まさに、確信とも呼べるほどの自信を持って、「ドライカレーの大盛をお願いします」と注文しました。「サラダセットで」という一言も事前に添えて。
しばらくすると、暖かいコーンポタージュとツナサラダが運ばれてきました。どっちもバッチリ美味しくて、量も丁度良く、空腹状態だった僕の体がこれからやってくるであろうドライカレーウェルカムモードに切り替わったのを実感しました。
そしてやってきたドライカレーは、いわゆる普通の大きさのお皿にキレイに盛り付けたられた黄色いライスとカレーのルーの色が見た目も鮮やかで、その匂いも食欲を呼び起こすスパイスの良い匂い。そんな身体感覚をフルに刺激してくる目の前の食事に歓喜しながら、勢いよくスプーンで掬って口に運びます。
僕はよく「一口が大きい」と言われるんですが、今日のドライカレーも大きな一口でたくさんの量を口に運びながら食べ進めますが、その度に美味い以外の感想は出てきません。とにかく夢中で食べ進んだところで、ふと気が付きました。
「何かがおかしい」という事に。
そのお店のドライカレーは、恐らくカレースパイスで味付けされて炒められたご飯の上に、ドライカレーのルー(と呼ぶんでしょうか?)が乗っかっている形状の物なんですが、そのルーと一緒にご飯を掬って食べ進むわけです。
そうすると、当然、スプーンで掬った後のそのすぐ真下の部分にはルーが乗っていない状態のご飯が存在します。で、その部分に、あらためてルーを乗せて掬って食べる。で、またその下の部分にルーを乗せて食べる。どんどん下に食べ進みながら、その範囲を段々と水平に広げていくんです。
そんな動作を何度か繰り返した後に、ようやくお皿の底が見えてきました。さっきも書いたように、僕の一口は一回分の量が多いにも関わらず。
つまり、この「ドライカレー大盛」は、お皿の面積こそ普通のお皿に見えていましたが、そのお皿の深さは、想像よりもかなり深かったんです。
これまでの色んなお店で遭遇した事のある、「想像していたよりも盛りが少なかった」という状態を「上げ底してある」なんて言う事がありますが、この店の場合はその逆である「下げ底」がされていたんです。
「下げ底」に気付いた時には既に僕のお腹の満足度ゲージは、それなりの高さになっていました。
その状態で、ご飯の断層の厚みを認識した時の絶望感たるや。
そんな絶望感を味わいつつ、同時に、昔の事を思い出していました。
僕は、その昔、自他共に認める「ヤセの大食い」でした。
ただそれは、10代~20代にかけての、いわゆる若い頃の食欲のなせる業。当時は、若さに加えて、日常的に運動をするという生活だったので、とにかくいつもお腹が減っていました。
日々そんな状態だったので、給料日になると「安くて量が多くて美味しいお店」を探す事に心血を注ぎ、「1000円以内でどれだけお腹を一杯にする事ができるか」を唯一の指標に掲げお店を探していました。
「あの頃の自分がこのお店に出会っていたら日常的に通っていただろうな」
頭ではあの頃を思い出しそんな事を考えながら、体は無心に「下げ底」のドライカレーをひたすら口に運びます。
45歳の今の自分が対峙するには、かなり荷が重かった「下げ底」のドライカレー。
若い頃の自分だったら、間違いなく愛してやまない存在になったであろう「下げ底」のドライカレー。
この、大盛で頼むとかなり深めのお皿で提供される味も香りも間違いないドライカレーは素晴らしい商品であり、適切な量で食事を終えればその満足感はかなり大きくなる事が予想される体験になるでしょう。当然ながら、現代の若者や過去の自分にとっては、かなりの高確率で喜ばれる事は間違いありません。
だけど、今の僕は45歳であり、直近の食事から16時間経っている空腹状態で臨んでも、このドライカレーを大盛で注文したのは、僕にとっては適切ではない選択だった事を思い知らされています。
己の力を過信した結果、こんなに素晴らしいお店や商品について、ネガティブな印象を自分に植え付ける結果になったという大きな過ちを犯しました。
こうやって、「本当の事実」と「主観による事実(だと思っている事)」がどんどんズレていってしまうんだろう、と。
だから、思うんです。
あの時、「大盛で」という僕の一言を未然に防ぐためにも、あの人にあの言葉を僕に向けて言って欲しいなあと。
「時を戻そう!」
せめて、今日の注文時まで戻れれば、夜まで続いてるこの満腹感から解放されるかもしれないから。
あかね
株式会社プロタゴワークス
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