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南の島にて 超短編

 全てをやり切った。これだけやっても世界は何も変わらなかった。果たして誰かは救われたのか?本当に誰かに必要とされたのか?もっと頑張らなければダメなのか。いや、もういい。どうせ同じだ。

 都会にしても田舎にしてもどうせ窮屈に感じる。この世に救われる場所なんて無い。ひょっとすると広い海ならば、まだどこか隙間に入れてもらえる余地があるのでは無いか。

 田中は沖縄の離島行きの飛行機に乗り込んだ。どうせならば綺麗な海が良いと思ったからだ。

 人は辛い時ついつい南の方に流れて行くという話をふと思い出した。なるほど本当だ。それならば南の方は欝々とした空気が立ち込めているのでは無いのか?離陸し始めた機内で陰惨とした南の島の風景を想像し、馬鹿馬鹿しさに目を閉じた。

 空港に着いた田中は近くの安宿に1日分の着替えだけを詰めた荷物を降ろしそのまま現地の居酒屋を回り情報を集めた。

 この島で一番綺麗な海の場所を知る為だ。

 3軒目の居酒屋で少し酔いが回ってきたのを感じ宿に戻った。明日向かう場所を地図で確認すると田中は早々と眠りについた。

 翌朝予約していたレンタカーに乗り目的地に向かった。

 聞くところによると、その場所は崖の上から瑠璃色の海を一望出来る場所らしい。正におあつらえ向きの場所だと田中は思った。

 さて、海に着いたところで結局どうすれば良いものか。ハンドルを大きく切る事もない平坦な道を運転しながら田中は考えを巡らせた。

 要はどう死ぬか、か。シンプルに崖の上から飛び降るのか、あるいは太宰のよう静かに入水か、いや別に浜辺で海を眺めながら、でも問題は無いか。

 そうこう考えているうち、ふと自分の貯金口座の存在が頭をよぎった。

 田中は基本的に自分の趣味、嗜好にお金をかける事が少なかったので、口座にはそれなりの額が貯まっていた。

 大なり小なり皆が自身の財産を築き、それ守るために日々試行錯誤し努力し、そして生活する。そんなものも死んだら全て終わりか。

 この後に及んで財産への小さな未練に気付き田中は車内で一人笑みを溢した。

 その時、田中のスマホがメールの着信音を鳴らした。

 田中は車を路肩に寄せて停めメールを開くと差出人は近藤京香だった。

 話があるので出来れば近々時間を作って欲しいという内容だった。

 彼女は以前の職場の後輩でさほど親しい間柄という訳では無かった。こんな早朝にメールだなんて一体何事だろうか。

 と言うか彼女は3年前に交通事故で他界している筈だ。その時田中はすでに退職していたので田中は彼女の死を人伝に聞いただけだった。

 スマホの画面を見直すと充電のメモリは10%を切っていた。
 そもそも死ぬつもりで出発したのだから充電に気を回していなかったのも無理は無い。

 とりあえず返信だけするか。いや、これから死ぬのに会う約束も何も、と言うか差出人は本当に彼女なのか。彼女は死んでいるはずだ。電話をかけて確かめてみるか。いや、でも充電も心許ない。


 もし、このまま自分がこのメールに何も返信しなかったとすれば。


 そもそも死とはなんなのだろう。

 目にも見えないし、それに触る事も出来ない。実感は皆無だ。
 何故なら本人たちの口から死を直接伝えられていないからだ。

 もう二度と会う事が出来ない存在。

 逆に言えば会う事が出来ないだけの存在。

 例えば一度だけ会った人やすれ違っただけの人、10年以上会ってない友人や別れた恋人はどうだろう。その存在は死と同義では無いだろうか。これから再び出会わない人達は。

 死とは自らが体現しない限り証明出来ない。

 でも、例え体現したとしても、それを伝える人が居なければ死は証明出来ない。そう言う意味では生と死は同義で無いのか?

 今日も死んでいるし、今日も生きている。

 存在の証明は他人にのみ委ねられる。誰かの証明無しでは全ての事象はうやむやになる。

 ある意味では恋愛も犯罪も生死も全ては同じ。お互いの認識の上に成り立つものだから。記憶。経験。時間。

 死とは、生とは、重なる事。

 つまり人は一人で死ぬ事も出来ないのだ。

 今の時点では近藤京香の死も証明出来ないし、これからの自分の死も証明されない。

  田中は近藤京香からのメールに翻弄されながらも車を目的地に向かわせた。

 目的地に着いた時、田中は一台の車が目に入った。

 崖の淵に静かに停車している車。

 先客か。と考えが及ぶ前に田中の車を追い越すように、その停車している車の横にパトカーが乗り付けた。

 田中はただ、ぼんやりとその情景を眺める。

 しばらくして、警察や消防の手によってその車の窓が破られ中から男が担ぎ出された。

  そうか。自殺でも、やはり人は一人では死ねない。死とは相対的で相互的なものなのだ。
 いや、むしろ死とは迷惑なものなのかも知れない。


 もし自分がこのまま近藤京香に返信しなかったとしたら。

 分からない。でも、少なからず誰かに必要とされる。ただ、それだけで人は救われるのだ。

 田中はスマホをギュッと握りしめ涙を流した。


 田中は事態が収束したのを見計らい、島一番であるという崖の上からの景色をスマホに残された充電で写真に納めた。

 この素晴らしい景色を近藤京香にも届けてあげよう。

 そして田中は踵を返すよう車をUターンさせ来た道を戻った。早く帰って充電をしよう。

 帰り道で田中は小さな商店で明日の分の着替えを購入した。

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