ぷりんけぷす
超短編 ショートショート集です。主に死と愛と笑がテーマです
表現の一つとして小説に音楽を合わせています。
「はぁ今週もまた終わってしまった。何故こんなに1週間は早いのだろう」 都内のワンルームマンションの一室で一人の男がそう言い大きく溜め息を吐き出した。 男の名前は中谷秀雄32歳。現在は失業保険を受給しながらの求職活動に日々勤しんでいる。 中々思う様に物事が進まない状況へのイライラも相まって秀雄は缶ビールの残りを一気に飲み干した。 空っぽの冷蔵庫の中身を見つめながら、もう一度溜め息をつくと財布を手に玄関へと向かいドアノブに手をかけた。すると、向こう側からも回す力を
その人はただ寝ている。それだけなのに他人をここまで不快にする。 原因はイビキである。 その響きは多種多様だが圧倒的多数の人がイビキなど無いに越したことはないと思っているのでは無いだろうか?昨今ではイビキが原因で殺人事件にまで発展した例も少なくは無い。 ただ一つだけ提言したいのだが、まず大前提としてイビキは単体では存在し得ないのだ。 つまり誰かと共有しなければ存在し得ない。 いや、一人の時にもイビキは発動しているではないかと思ったあなた。 それは大きな間違いだ。
「俺もそろそろ帰るとするか」 函館五稜郭内の陣で一人の男が呟いた。 「土方さん、どうかされましたか?」近くで武具の手入れをしていた市村鉄之助が振り向き尋ねた。 「ん、いや、それより鉄。皆に集合をかけてくれ。榎本さんから舶来の酒を貰ったんでな」 「はい!承知しました。すぐに集合させます」そう言うと鉄之助は揚々と皆の所へ駆けて行った。 「全く元気なやつだ」 男の名は土方歳三。かつて新撰組の副長だった男だ。 江戸時代末期。ペリー来航騒動を皮切りに様々な思想が氾濫し世
サトシは今日こそは必ずプロポーズをするんだと鏡の内側にいる自分を睨み言い聞かせながら最終チェックを済ませた。その時サトシのスマホがいつもより強く震えた。 見覚えの無い番号の正体は近所の総合病院だった。 「杉村サトシさんの携帯ですか?実は・・」 内容は京子が昨夜遅くに交通事故に遭い病院に搬送され未だに意識不明の状態との事だった。 京子とは言うまでも無く本日サトシがプロポーズをする予定の相手だ。 一瞬だけ一張羅のスーツを着替えてから病院に向かうべきか悩んだが
月曜日。全校朝礼の最中一通のメールが届いた。 「拓也。今日の放課後時間ある?」真奈美からだった。 放課後。僕の所属しているバドミントン部は月曜は基本筋トレだけだが、高校最後の大会前だから休む訳にはいかない。 「おい。柴田」担任の川口が僕のすぐ後で声を上げた。 慌てて僕はスマホをポケットにしまい、首だけ動かし頭を下げた。 川口はフンと鼻息を吐き出し、役目を終えたロボットの如く元居た位置に戻って行った。 朝礼が終わり、教室に向かう途中の廊下で真奈美に肩を叩かれた
全てをやり切った。これだけやっても世界は何も変わらなかった。果たして誰かは救われたのか?本当に誰かに必要とされたのか?もっと頑張らなければダメなのか。いや、もういい。どうせ同じだ。 都会にしても田舎にしてもどうせ窮屈に感じる。この世に救われる場所なんて無い。ひょっとすると広い海ならば、まだどこか隙間に入れてもらえる余地があるのでは無いか。 田中は沖縄の離島行きの飛行機に乗り込んだ。どうせならば綺麗な海が良いと思ったからだ。 人は辛い時ついつい南の方に流れて行くと
最近時計が私の事を焦らせてくる。 いや、別に概念的な話では無く物理的に焦らせて来るのだ。 ある日、いつものように腕時計に目をやると想像していたより時計の針が大幅に進んでいた。 約束の時刻に間に合わないと思い慌てスマホを取り出すと20分くらい腕時計の時刻が進んでいただけだった。 その時は別段気にも止めず側面にあるツマミで時計の針を合わせ直した。 後日また時計の時刻がずれた。 流石に故障なのかと思い近所の時計屋に持ち込んでみたが店主から何処も悪いところは見
もしもしかめよ かめさんよ せかいのうちで おまえほど あゆみののろいものはない どうしてそんなにのろいのか 浩司は歩いている最中、ふと子供の頃の記憶が蘇った。不安定な畦道を友達と歌を歌いながら歩いた記憶。 毎日の様に朝から日暮れまで遊び、次の日また次の日。何も考えなくて良かった。 ああ、あの頃は楽しかった。 いつからだろう。明日が来るのが楽しみじゃ無くなったのは、ただ黙々と日々を消化するだけで、気付けば空を見上げる事も無くなり、姿も見えない何処かの誰かを傷つけ
今野検事はタバコの煙を深く吸い込み喫煙所を埋め尽くす程に大きく煙を吐き出した。 今野検事は明日に迫っている勾留期限に焦燥感を感じていた。被疑者 喜多川晴夫(36)は連続殺人犯として先日検察に送致されて来た。 現行犯逮捕という事もあり起訴する事自体は概ね決定しているのだが喜多川の殺人の動機だけがどうもはっきりしないのだ。 警察からの調書によれば喜多川の犯行は終電の時刻頃に駅から出てくる女性の跡をつけ、人通りが少なくなった所で殺害すると言うものだった。被害者の数は実に5
けたたましい銃声が銀行内に鳴り響いた。 次の瞬間に女性客の悲鳴と共に行内が混乱に包まれそうになるが、二発目の銃声と同時に静まり返った。 私自身は初めての光景に震え動く事が出来ない。以前支店長が若い頃に一度銀行強盗に遭遇したと話していたが、幸運にも支店長は一昨年退職していたので二度目の遭遇は避けれたのだ。 パッと見た感じで犯人は5、6人。行員にも協力者が居る恐れもあるので予断は許されない。 たちまちに出入り口のシャッターを降ろされ、私たち行員も客共々行内の隅の
私は酒をよく飲む。自分で言うのもなんだが、毎日かなりの量を飲む。 そして寝る前に大量の水を飲む。その日飲んだ酒のほぼ同量を飲む。酒を飲む人なら分かると思うが、酒を飲むとやたら喉が乾く。 まぁ毎日大体そんな感じである。 ただ最近ふとした疑問が浮かんだ。 この大量に摂取している水は一体何処に行っているのだろうと もちろん酒を飲んでいる最中トイレに行く事もあるのだが、多分他人と比べて私は極めてその数と量が少ない様に思う。どう考えても摂取した量と排出した量が合わないの
小説家とは全知全能な存在だ。 自身で世界を創り上げ、自身で思う様に操る事が出来る。 例えば、のどかな牧場で老夫婦が質素ながらも日々を仲睦まじく暮らしている。 突如としてして規格外の嵐に見舞われ家ごと飛ばされてしまう。 たった一行だけで老夫婦の平和な生活を一変させる事が出来るのだ。 そのまま老夫婦は上に上に空高く運ばれ雲の上に着地した。そして天上世界での新たな生活が始まった。そう老夫婦は神に選ばれたのだ。 みたいなSF的な展開にしても構わない。 ある
妻が急にダイエットを始めると言い出した。「出来ればあなたも付き合って欲しいの。その方が食事のメニューとかも便利でしょ」まぁ私も40歳を越えた辺りから腹回りの贅肉やらが気にはなっていたので妻の申し出に私は快諾した。 そして、翌日ダイエットノートなる物を妻から提示された。早朝のジョギングから休日のプールでの運動、カロリーの計算式などがノートにビッシリと書いてある。 これは見事なものだと、妻の方に目線をやると、思った以上に誇らしげな表情をして反応を待っていたので「見事なも
「魔王様。新たな勇者の団体が確認されました」 「そうか、そいつらは強いのか?」 「戦力的には、まだ全然駆け出しなので脅威には至りません。ただ」 「ただ?なんだ?申してみよ」 「人数がやや他の団体に比べると多い様子です」 「どのくらいだ?」 「200名程だと報告を受けています」 「それは多いな。今の間に潰しておけ」 「かしこまりました。魔王様。直ちに対処致します」 私は勇者が私のレベルにまで成長するのを待つなどと言う武士道精神は持ち合わせてはいない。私は出る
ある晴れた夜。窓から空を見上げると眩いばかりの満天の星空が広がっていた。そんな中、本来ならば堂々としていて良いはずの月だけがやけに控えめに見えた。 ふと気が付けば3年前に死んだ妻がテーブルを挟んで前の席に座っていた。 「これは夢なのか?」 「そうかもね。触ってみる?」 私はいつものように深夜一人、リビングで晩酌をしていた。妻の死は意外な程迄に私を落ち込ませた。結婚してから20年余り連れ添ったが妻が生きている間には意識していなかった。側にいて当たり前。煩わしさこそ
休み時間を告げるチャイムが鳴り、シンジは義務を果たしに行くかの様にトイレに向かう。 トイレでは既に友人達がタバコをふかしていた。シンジもタバコに火を着け煙を吐き出し不味そうに小便器に唾を吐いた。トイレの入り口ではいつも決まった同級生が見張りをしている。 休み時間毎に教室にまで届くタバコの煙は他の同級生達がシンジ達を敬遠するには充分だった。 それ程、絶え間なく高校生の体にニコチンが必要なのかと疑問に思うところだが、まるでワルの証明かの様にシンジ達は毎時間トイレに集