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シン死神 短編

 サトシは今日こそは必ずプロポーズをするんだと鏡の内側にいる自分を睨み言い聞かせながら最終チェックを済ませた。その時サトシのスマホがいつもより強く震えた。
 見覚えの無い番号の正体は近所の総合病院だった。

「杉村サトシさんの携帯ですか?実は・・」

 内容は京子が昨夜遅くに交通事故に遭い病院に搬送され未だに意識不明の状態との事だった。   
 京子とは言うまでも無く本日サトシがプロポーズをする予定の相手だ。

 一瞬だけ一張羅のスーツを着替えてから病院に向かうべきか悩んだが、とりあえずそのまま家を飛び出た。

 ところで病院は何故俺に電話をして来たのだろう?いや別に、俺だけに電話をしたとも限らないし、そもそも暗証番号は。いや別に京子のスマホから知り得た情報では無いのか。いや、今はどうでも良い。
 サトシはタクシーの車内で錯綜する思考を落ち着けながら、病院には不似合いな花束を握っている事に気が付いた。

 病院に着くと運転手に運賃と花束を手渡し一目散に病院の受付へと向かった。
 受付で簡単に説明を受けると誘導されるがままにサトシは緊急治療室の前で待たされた。
 電話で聞かされた通り京子は予断を許さない状況らしい。

 何がなんだが分からないサトシはとりあえず目の前のベンチに腰掛けた。

 少ししてから刑事が2人サトシの下にやって来ていくつか質問をして来たが、サトシには適当にあしらう事しか出来なかった。
 どうやら事故の相手は未だ行方不明らしく事件性もあるとの事だ。

 いや、それより問題は果たして今日のレストランの予約に間に合うのかだ。いや違う。キャンセルをしなくては。いや、別にどうでもいい。とりあえず行かなくちゃ、君に会いに行かなくちゃ。

 サトシは声を荒げたいのを押さえ込む様に頭を抱え髪の毛をグシャグシャと掻き乱した。
 そこからは沈黙の中に病院特有の環境音だけが響いた。


「よう。相当凹んでるな」

 サトシは突如として現れた男に驚き、そして同時に出来る限りの嫌悪感を含めた眼差しをその男に送った。

「そう睨むなって。別にただ茶化しに来た訳じゃ無い。むしろ助け舟を出しに来たんだぜ」そう言い男はサトシのすぐ横に腰掛けた。

「要はお前の彼女を助けてやろうって話だよ」

 この男にそんな事が出来る訳が無い。

「って思うだろ?まぁ聞け。どんな生物にも寿命ってのがある。これは絶対的であらかじめ決められているもんだ。俗で言うところの運命ってやつだな。つまりお前の彼女が事故に遭うこともそもそも決まっていたって訳だ」

 何を話すかと思ったら、今はそんな薄っぺらい宗教的な精神論の救いなんか必要無い。サトシは更に軽蔑の意も加えて男を睨んだ。

「気持ちは分かる。だが、そうじゃない。このままだとお前の彼女の寿命はもって後2日だ。そして俺はその寿命を操れる存在だ。この意味が分かるか?」

 なんだこの男は。まさか死神とでも言う気か。

「そう。俺はお前らで言うところの死神だ。ほら」そう言うと男はサトシに名刺を手渡した。

 名刺には日本語で『 死神 日本国関東南支部長』と記載されていた。サトシは首を静かに振り大きくため息を吐いた。

「おかしいな。日本人は名刺を見れば相手の事を信用すると聞いていたんだが」男がそう言うと同時にサトシの手の中から名刺が消えた。

 え。サトシは目を見開き顔を上げ男の事を見直した。

「なんだ。こっちの方が効果的なのか。で、どうするんだ?一つ言えるのはお前が何もしなければ京子は2日後に死ぬって事だ」

 もちろん京子の事を助けれるなら助けたいけど、何故命を取るのが仕事のはずの死神が命を与えようとしているのだ。

「俺じゃ無い。お前が与えるんだ。つまりお前の寿命を京子に半分分け与えれば良い」

 半分か。なるほど。いや、それでも死神には何も利益が無いんじゃないか。

「良い所に気付いたな。もちろん手数料は頂く。お前の寿命の10%だ。さぁどうする?」

 どうするも何も選択の余地など無い。京子が居ない人生より、京子と共に生きる方が良いに決まっている。

「よし。じゃぁ行くか」そう言うと死神は席を立ち廊下を歩き出した。

 ここで寿命の移動が出来る訳では無いのか。

「そんな能力があったら是非拝んでみたいもんだ。覚えておけ。世の中、大体の事は自らの足を使って行わなければならない。特に大切な事はな」

 サトシはなるほどと頷きながら死神の後に続いた。

 病院の外に出ると死神はタクシーを止めた。

 死神がタクシーを使うのか。

「もちろん歩いていける距離なら使わない」そう言いタクシーに乗り込むと死神は行き先を運転手に告げた。

 10分程してタクシーは目的地に着き停車した。

「別に言いたくないが、流石にここはお前が払えよ」

 確かに、とサトシは運賃を支払いタクシーを降りた。

「このビルの地下だ」そう言い死神はいかにもなビルの中に入って行った。

 エレベーターで地下3階まで降り、そこからは階段でおそらく地下5階くらいまで降りた。
 いかにもなドアの前に立つと死神は鍵を取り出し、いかにもなドアを開けた。
 いかにもと言っても正直サトシが想像していたような場所とは違った。

「まぁ現実はこんなものだ」そう言い死神は奥に進んで行った。

 奥に進むとそこにはおびただしい程のロウソクが並べられていた。

「言うまでも無くここに並んでいるロウソクはお前らの寿命そのものだ。これが徐々に減っていき火が消えれば死ぬ。まぁこの辺りはお話通りか。えぇと、お前のロウソクはと」死神が辺りを指さすように歩く。

「おぉこれだ。思ったより長いな。80くらいか。よし、これを持ってこっちに来い。間違っても消すんじゃ無いぞ。死んじまうからな」

 サトシは恐る恐る手で覆うようにしてロウソクを持ち上げ慎重に死神の後を追った。

「ほら、この今にも消えそうなのが京子のロウソクだ。これにお前のを足してやれば良い。貸してみろ」死神は乱暴にサトシの手からロウソクを取り上げると、その勢いでロウソクの火が消えてしまった。

「あ」

 瞬間サトシは全身から力がフッと抜け、別段慌てず死神はライターを取り出しロウソクに火を付け直した。「うん。まぁ10秒ルールってやつだな」

 サトシは唇を使いグッと怒りを堪えた。

「さて、まずはお前の寿命から10%を頂いてと」そう言い死神はサトシのロウソクの10分の一を下から切り取りポケットにしまった。

「残り半分を京子の方に、と」

 え、こんな方法なら別に丸々半分京子にあげなくても良いのでは。

「馬鹿野郎。逆に考えてみろ。変にケチって京子に先立たれても嫌だろ?夫婦ってのは大体なんでも半々が一番なもんだ」

 なるほど、これは言い得て妙だ。

「作業はこれで終いだ。後は京子が目覚めるのを待つだけだな」

 サトシはハッとした。まさか寿命が増えても京子がこのままずっと目覚めない可能性があるんじゃ無いのか。

「大丈夫。お前のロウソクの太さなら確実に日常生活に戻れるはずだ」

 外に出ると「じゃあ俺はここで。また何かあれば名刺の連絡先までな」そう告げると死神はフッと姿を消した。

 サトシは急ぎタクシーを捕まえ病院へと向かった。

 病院に戻ると、京子の容態がみるみる回復している事を告げられた。
 やはりどこか半信半疑だったサトシは2時間後、京子の目覚めに涙ながらに安堵し感謝した。

 後日、ひき逃げ犯は無事逮捕された。ただ現場検証や供述の内容と京子の回復具合が余りにもかけ離れているらしく、捜査は異例に難航しているらしい。まぁもはやどうでも良い。

 それより今日は待ちに待った京子との久々のデートだ。

 サトシはあの日と同じように鏡の前で最終チェックを済ませ、花束をレストランに預け、待ち合わせ場所のカフェへと向かった。スマホに妙な着信が入らない事を祈りながら。

 そしてサトシは無事に京子に出会い、そして間も無く別れを告げられた。

 そのままカフェで京子から色々と理由を聞いたが、1時間を越えた辺りで遂に居た堪れなくなりサトシは京子を置いてその場を後にした。

 意味が分からない。事も無い。ただ考える事が多すぎる。サトシは当てもなく言葉通り街を右往左往と彷徨った。

 気持ちの変化は仕方が無い。それが人間だし、恋愛の妙でもある。ただ命の恩人に対してこの仕打ちは如何なものか。寿命を半分も分け与えてもらっているにも関わらずに。確かに気持ちを押し殺してまで一緒に居て欲しいとは思わない。いや、そもそも京子は寿命の件を知らないのだった。ならばあえて言うか、君を救う為に僕の寿命を半分も分け与えたのだと。あり得ない。格好悪過ぎる。フラれておかしくなったと思われるのが関の山だ。

 京子の事は一旦諦めよう。

 とりあえずこうなったら減らされた寿命の件だ。死神に事情を説明しロウソクを元に戻してもらえないだろうか、連絡を取る手段は。頼りの名刺も死神によって消されている。どうしようもない。
 サトシはその場で立ち尽くし、嘔吐した。
 あらかた全部を出し尽くし呆然としていると、不意にサトシに一つの考えが浮かんだ。

 別に死神に頼らずとも自分で何とか出来るのでは?
 死神がタクシー運転手に告げた言葉も場所も鮮明に覚えている。急ぎタクシーを捕まえ、死神の言葉そのままを運転手に伝えた。

 このビルだ。間違いない。無事目的地に着いたサトシは安堵し深く息を吐いた。

 ビルの中に入りサトシは鍵を持っていない事に気付く。ダメ元でドアノブをひねるとあっさり開いた。なんて不用心なのだ。いったい人の寿命を何だと思っている。などとサトシは思わなかった。

 さて、どうしたものか。京子のロウソクから寿命を返してもらうか。いや、それでは京子が死んでしまう。それはやり過ぎだ。でも、見ず知らずの他人から寿命を奪うのも流石に気が引ける。窃盗なのか殺人なのかも分からない。
 ならばバレないように皆から少しづつ貰うか。要はロウソクの長ささえ増やせれば良いのだから。そうか。俺はなんて冴えているのだ。

 サトシは急ぎビルを後にし買い物に向かった。

 しばらくして、サトシは買い物袋をぶら下げ再びロウソクの前に立った。

 いそいそと買い物袋から新品のロウソクを取り出し、サトシは自身のロウソクの炎から新品のロウソクに火をつけた。

 良かった。これで全て元通りだ。
 火を移すと元のロウソクの炎は消え、新品のロウソクの炎が煌々と光を放った。

 そして、サトシの体はみるみるうちに小さくなり消えてしまった。

「悪く思うなよ。健康志向やらなんやらで死神業界も不景気なんだ」そう言いながら、死神がドアの向こうから現れた。

「まぁ別に今回は俺が騙したって話でも無いからな。特に恋愛の事は全くもって関係無い。あのまま京子が心変わりさえしなければ万事上手く行った訳だ。でもまぁ、その後の行動がいけねえな。言ってなかった俺も悪いっちゃあ悪いんだが、新品のロウソクに一から火を付ければ生まれ変わっちまう。少し考えれば分かりそうなもんだが、まぁ何処ぞで幸せに生まれ変わってる事を祈るよ」

 死神は新たに灯った炎を見つめながら、消えた方のロウソクを拾い上げ懐に入れた。

「それにしてもあいつ、えらく安物のロウソクを選んだもんだな。んー、こりゃあんまり期待出来ないかもな」

 そして死神はわざとらしくドアの鍵を閉め忘れ、再び向こう側に消えていった。

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