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もしもしかめよ 超短編

 もしもしかめよ かめさんよ せかいのうちで おまえほど あゆみののろいものはない どうしてそんなにのろいのか

 浩司は歩いている最中、ふと子供の頃の記憶が蘇った。不安定な畦道を友達と歌を歌いながら歩いた記憶。
 毎日の様に朝から日暮れまで遊び、次の日また次の日。何も考えなくて良かった。
 ああ、あの頃は楽しかった。

 いつからだろう。明日が来るのが楽しみじゃ無くなったのは、ただ黙々と日々を消化するだけで、気付けば空を見上げる事も無くなり、姿も見えない何処かの誰かを傷つけてばかり。

 浩司はブツブツと呟きながら銀行のATMで姿も見えない誰かが振り込んだ金をおろす。その金を事務所まで届け、与えられた席に座り、また姿も見えない何処かの誰かに電話をかける。ひたすら日が暮れるまで。

 「浩司今夜一杯付き合えよ」

 隣の席に座る健太が電話の合間を縫ってそっと浩司に告げた。

 健太は浩司と共に上京してきた。それといった目標も無くただ田舎から抜け出せば何かある、何者かになれると希望を抱きながら二人で電車に乗り込んだのが15年前の事だ。

「俺がウサギでお前は亀だ。とりあえず俺についてこいよ」健太は何かしら浩司を誘う時の口上にいつもこのセリフを使っていた。そして浩司は別段疑うこともなく従った。

 そして、気付けば2人ともとっくに30歳を越えていた。

 仕事を終え浩司と健太は馴染みのBARのカウンターに座っていた。

 健太はタバコの煙を吐きながら浩司に話しかける。浩司は健太の事は嫌いではないが、健太の吸う銘柄が分からないタバコの臭いは嫌いだった。

「浩司今の仕事いつまで続ける気だ?」
 いつまでも何も、そもそも仕事と言って良いのかどうかも微妙だが、ここに引き込んだのは健太じゃないか、と浩司は思った。が黙って首を傾げた。

 上京したばかりの2人の目には全てが眩しく映り飛び込んで来た。もちろん、そんな2人には良からぬ誘いも少なくなかった。

 せっかちな健太はギャンブルにのめり込み当然の様に賭ける金額はどんどん上がっていき、当然の様に借金の額も膨らんでいった。
 浩司の方は元来ののんびりした性格のせいか水違いの都会の仕事はどれも長続きする事は出来なかった。

 ある日の事「浩司良い仕事がある。とりあえず今から花巻公園に来てくれ」と健太から連絡が入った。

 公園に着くと隅っこにあるベンチの前で健太が手を振っている。ベンチには如何にもな人物が如何にもな風体で座っていた。

「坂本さん、こいつが浩司です。どうです?」

 坂本は浩司を頭の上から足の先までをゆっくり睨みつけ「じゃあ行くか」と呟き愛想悪く立ち上がり歩き出した。
 小走りで健太が後を追い、それに浩司も続いた。
 浩司は歩きながら健太にどういう状況なのかを尋ねたが「大丈夫。絶対お前にも出来る仕事だ。俺がウサギでお前が亀な」と適当にはぐらかされた。

 浩司達は如何にもな雑居ビルに入り坂本から如何にもな作業内容を簡単に説明された。最後に失敗すればタダでは済まさないとだけ簡単に付け加えられた。
 後から聞いた話。どうやら健太は坂本の組織からも借金をしていたらしい。
 その日から今日までおよそ3年間特に大きな問題も起こさず2人は仕事をこなしてきた。強いて言うならば一度浩司が電話口の相手に間違えた振込先を教えてしまった時に両手の小指を金槌で叩き潰されたくらいだった。

「俺達、あそこで働き出してもう3年になるだろ、そろそろ、だと思うんだ。なんせ俺もお前も33歳だ。いい加減しっかりしないとだろ」健太が甘ったるい匂いの煙を吐きながら言う。

 しっかりするというのはしっかりしてる奴だけの行動だ。と浩司は思ったが口には出さず、どうするつもりなのかとだけ健太に聞き返した。

「外国に行こう。外国に行けば日本にいるよりチャンスの数は70倍だ」
 人口の話なのか。チャンスの数より失敗の数の方が多そうだ、と浩司は思ったが口には出さず、金はどうするつもりなんだとだけ尋ねた。

「金は事務所の金庫から頂く。どうせ表に出せない金だ。俺たちが浄化して有効活用してやろうぜ」
 そんな事をすればタダでは済まない。坂本さんを筆頭に連中の怖さはお前も身をもって知ってるじゃ無いかと浩司は思ったそのままを口にした。

「大丈夫だ。絶対上手くいく。だって外国に逃げるんだぜ?俺がウサギでお前は亀。だろ?」
 それもそうか。浩司は元来ののんびりした性格のせいなのか物事を深く考えれない。

 その後、健太が計画のあらましを説明し浩司はそれに頷いた。

 浩司は帰り道、やはりこの計画は”しっかり”では無いと気付きかけたが、道を横切る猫に気を取られ芽吹きかけた思考は散漫し夜に溶けた。


 決行の日。ずさんすぎる計画はあっさりと言うか当たり前のように見破られ浩司と健太は坂本達に拘束された。

「まさかお前らこんなのが本気で上手く行くと思ったのか?」坂本は怒った様子も見せず言う。
 浩司も健太も声が声にならない。

「あのな、お前らみたいなのが俺を出し抜ける訳ないだろ。もう少しは知恵があると思ったが残念だ」

「あ、あの僕たちやっぱりころ、ころ」健太が必死に声を絞り上げる。

「ころころ?あー。殺すかって?当たり前だろ」坂本が吸っていたタバコを地面に落とし踏みつけながら言う。

「お、お、お願いです。何でもしますから」健太は鼻水、涎を垂れ流しながら懇願し浩司はただただ不安そうに見つめる。

「ハハ。汚ねえ顔だな。安心しろ。お前らはクビだ。何処へでも行け。まぁヤキは入れるけどな」

「え?」

「今のご時世お前らみたいなのをいちいち殺すのはコスパが悪い」
 坂本の発言に健太は失禁してしまう。

「おいおい。助けてやるって言ってるのにタイミングが逆だろ。まぁ良い。最後に一つだけ教えといてやる。俺がウサギでお前らは亀だ。鈍臭いくせに近道をしようとするな。地道に歩け。じゃあな」坂本はそう言うと部下たちに言伝をし部屋から出て行った。

 浩司は坂本が何故このセリフを知っているのかと思ったが、部下たちにヤキを入れられている最中にあの時バーテンダーに聞かれていた事に気付いた。そして改めてずさんな計画だったなと思った。

 坂本の部下たちに一頻り殴られた後、浩司と健太は用水路の傍らに捨てられた。
 浩司はボンヤリとした意識の中で用水路を流れる水の音をただただ聞いていた。

「浩司生きてるか?」健太が目を覚まし声をかけた。

 浩司は腕の骨と肋骨を何本か骨折していた。おそらく健太も似たようなものだろう。

「あーあ、そうか。俺は亀だったんだな。ごめんな浩司」健太の言葉を浩司は黙ったまま聞いている。

「失敗ばっかりだ。俺はウサギに憧れてただけの亀なんだな」健太はそのまま黙り込みしばらくの間沈黙が続いた。

「歩こう。健太」浩司がなんとか体を持ち上げ健太に言う。

「浩司?」

「俺たち亀は歩くしかない。それに」

「それに?」

「亀は必ず勝つらしいぞ」

「ハハ。そうだな」

 そして2人は都会の畦道をゆっくり歩き出した。あの頃のように


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