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ある晴れた夜の真下で 超短編

 ある晴れた夜。窓から空を見上げると眩いばかりの満天の星空が広がっていた。そんな中、本来ならば堂々としていて良いはずの月だけがやけに控えめに見えた。

 ふと気が付けば3年前に死んだ妻がテーブルを挟んで前の席に座っていた。

「これは夢なのか?」

「そうかもね。触ってみる?」


 私はいつものように深夜一人、リビングで晩酌をしていた。妻の死は意外な程迄に私を落ち込ませた。結婚してから20年余り連れ添ったが妻が生きている間には意識していなかった。側にいて当たり前。煩わしさこそ感じなかったが、それほど必要なものだとも思ってもいなかった。

 生きている間に気付ければ良かったのに、いざ失ってから気付くとは皮肉なものだなと思いながら毎晩儀式的にウイスキーをグラスに注いだ。


「ハハ、触れるんだな。君は幽霊とかでは無いのか?」

「どうなんだろうね?私にも良く分からないわ」

「そうか、まぁどっちでも良いか。君も飲むか?」

「そうね。久しぶりだし少し頂こうかしら」

「死んだくせに酒も飲めるんだな」

「そうみたいね」

「おかえり」

「ただいま」


 一人きりの夜は永遠にも感じた。漆黒の闇に押し潰されそうになりウイスキーで孤独を薄め流し込んだ。どうせ気が晴れないのならせめてと、盲目的に毎晩ひたすら朝を待ち侘びた。
 毎晩空虚な時間が積み重なっていくのを、ただひたすら一人耐えた。得れなければ味わえない。失わなければ気付けない。所詮人間なんていつもそんなものなのだろう。


「3年ぶりか、少し老けたか?」

「まさか。だって私死んでるのよ」

「死んだら老けないものなのか?」

「普通そんなものでしょ」

「普通を言うのなら死んだ者は姿を現さないだろ」

「確かにそうね」

「おかわり入れるか?あ、何かつまみでも?」

「フフフ、えらく気が効くじゃない」

「いや、別に」

「人間一度は死んでみるものね」


 毎晩ウイスキーを片手に妻との日々を思い返し出来るだけ楽しい記憶を蘇らせた。だが、いつもそれを追い越すかのように後悔の念が頭の中をあっという間に支配した。

 あの時こうしていれば、こう言えていれば。次々に溢れ出す後悔の念は酒で押し流す事以外の方法を私は知らなかった。

 もし次があるとするなら、人生にやり直しがきくとするならば、その時こそは。と溜め息と言葉と酒を流し込んだ。


「朝になったら君はまた居なくなるのか?」

「うーん、どうだろう。なぜそう思うの?」

「なぜだろう。そんな気がする」

「そうなのね。分からないわ。でも、私もそんな気がする。寂しい?」

「どうだろうな」

「ずっと居て欲しい?」

「まぁ君の好きにすれば良いさ」

「フフフ、相変わらずね。せっかく帰ってきたのに」

「そうか、確かに。すまない」

「何に謝ったの?」

「ん?つまり、ええっとそうだな、、いや違う」

「どうしたの?」

「せっかく君がいるのに僕には朝が来る事を止められない事」

「なにそれ、酔っ払いだね」

「ああ。良い夜だ」

「ありがとうね」


 大抵のものは光が当たらなければ見えないが、光が当たらない方が見えるものもあるのだろう。光が当たれば消えてしまうものもある。

 それでも時間は進む。いつでも、どんな時でも残酷な程、平等に。


 翌朝、目が覚めるとリビングは初夏の日差しで溢れていた。私は飲み掛けになっていたままの2つのグラスをしばらく見つめ、片一方のグラスの上にそっとコースターを乗せた。

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