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素晴らしき世界 超短編

 小説家とは全知全能な存在だ。

 自身で世界を創り上げ、自身で思う様に操る事が出来る。

 例えば、のどかな牧場で老夫婦が質素ながらも日々を仲睦まじく暮らしている。
 突如としてして規格外の嵐に見舞われ家ごと飛ばされてしまう。 

 たった一行だけで老夫婦の平和な生活を一変させる事が出来るのだ。

 そのまま老夫婦は上に上に空高く運ばれ雲の上に着地した。そして天上世界での新たな生活が始まった。そう老夫婦は神に選ばれたのだ。
 みたいなSF的な展開にしても構わない。

 あるいは、嵐は無事に過ぎ去り夫婦が家の外に出ると大きな虹の橋が視界の端から端までを繋ぐように架かっていた。老夫婦がその虹の橋に見とれていると、一人の青年がこちらに向かって歩いてくるのに気付く、老夫婦は青年の姿を確認するやいなや歓喜に震え涙する。青年の正体は先の大戦で戦死したと聞かされていた息子だったのだ。3人は涙ながらに手を取り合いと、牧歌的な話にも出来る。

 7つの玉を最初から一箇所に集めて置く事も出来るし、こっそり探偵に犯人のヒント教えてあげる事も出来る。

 もっと言えば悪モノをはなから登場させない事すら出来る。そうすれば厳しい冒険の日々を送らないで済むし誰も傷つかない。

 言わば完全なる平和な世の中を創り出す事が出来る。何だって出来る。どうせなら全ての人の望みをも叶えてしまえば良い。

 全ての人を美男美女にし、力も能力も充分に与える。金が欲しいなら好きなだけ増やせば良いし、皆で乱痴気騒ぎを昼夜問わず行えば良い。

 ただ誰もが自由に動く事は出来ない。何故なら所詮全てはこちらが書き記したシナリオをなぞっているに過ぎない。全ての行動や現象はこちらの指示待ちなのだ。必死に考えて辿り着いた答えも、必死に考えて答えに辿り着いたと書いたから訪れるのだ。

 つまり物語が続く間は書き続けなければならない。書き続けなければ、瞬間全てが止まる。

 全知全能も楽では無い。指先一つで全てを動かせる分責任は重大だ。

 だが、書き続ける事で善悪も無く。格差も無い。事件も問題も災害すら起きない。ジョンレノンが歌う様な全てが調和している素晴らしき世界。それが永遠に続く。

 そう、それは究極に退屈な世界。

 何が面白いのか分からない。

 そんな話、誰も読もうとは思わないし、悪魔的に楽しめない。真の平和の裏には悪魔が潜んでしまうのだ。

 やはり物語には刺激や展開が必要なのだ。

 その為に悪役は倒される役目を背負って量産されるし、成り上がりサクセスストーリーには圧倒的格差が必要とされる。無人島で友情を築きながら生還するのにも災害やコンプレックスが必要だ。正義や道徳、倫理観を考えるには戦争などがうってつけなのだろう。

 成功の喜びや、勝利の快感を得る為には必ず敗者が必要とされるのだ。それらはもちろん裏返りもする。

 だからこそ神は全ての願い事を軽々に叶えるわけには行かない。

 単純で退屈な話になってしまうのを避ける為に。

 世の中思い通りにならない事が多いのも、それは大いなるシナリオの中で全てが進んでいるからに過ぎない。

 我々の事を退屈させない様に到底思い付かない様な事件や事故を考え日々執筆に勤しんでいる神の苦悩を私は察してやまない。
 この素晴らしき世界に。

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