ムダ予想 妻が死にました。(16)

気をまぎらわすことは、悲しみを癒していく過程でかなり重要なウェイトを占めていると思う。それは自分が今まで好きなことであったり、疑問に思ったことを解決しようとする動きであったり。

とにかく沈んでいくばかりの気持ちを他の方向に向けることで、ただただ悲しむだけの意識が少しずつではあるが変わっていくのだ。ぼくの場合は無意識の暴食を何とかしようと考える事だった。今思うと些細でくだらない思考ではあるが、そんな事すらきっかけの一つになるくらい、それまではひたすら悲しんでいるだけの、何もない毎日だった。

例えば、薬を飲んだらすぐにベッドに入ってしまうのはどうだろう。眠りに入るまでの短い時間の暗闇で妻を思い浮かべてしまうのが辛いので、薬が効き始めたと感じてからベッドに入っていた。結果的にその時間が無意識の時間となって、食べ物をあさったりネットで買い物をしてしまっていたから。その時間そのものを失くしてしまえば、余計な動きはしないんじゃないかと考えた。

薬を飲み、そのままベッドに入ってみた。電気を消し、目を瞑る。ダメだった。これまでのつらい瞬間が次々に思い浮かび、じっとりとイヤな汗がにじんでくる。30分ほどで薬が効いてくるはずなのに、2時間ほど寝付けないままごろごろと転がり、結局起きだして薬をもう一錠飲むはめになった。

食べ物を買い置きしておかなければいいんじゃないか。薬が効き始めてから外出することはいままでなかったので、これは効果的な気がした。ダメだった。無意識のぼくの食欲はすさまじいようで、次の日の朝、食べ散らかしたコンビニのお菓子やパン、おにぎりの袋がリビングに散らばっていた。

いろいろと抗ってはみたものの効果が見られない、むしろ悪化するのを感じ、ぼくはだんだんと無意識状態を楽しむようになっていた。薬は飲まなければ眠れない。飲んでからしばらく起きていないと眠れない。でもその間は自分をコントロールできない。対策をうっても無意識のぼくはなかなかに手ごわい。それなら、何が起こるか予想してみようじゃないか。

寝て起きた朝、予想が当たっていれば少しは楽しいんじゃないか。家にあるものは限られているのでそんなにパターンはない。明日はジャンボモナカの空き袋が3枚かな。ピスタチオを食べるだろうけど、殻はゴミ箱には捨てずに放置してあるな。ワンクリックで買い物できないようにクレカの登録を外しておくけど、なんとか接続してしまうんだろうな。

これはいい考えのように思えたが、すぐに破綻した。朝の状況を確認し、またやっちまったと思いながら、昨日の予想と照らし合わせようとする。ダメだった。そもそも予想を憶えていないのだ。目の前に転がっているポテチの残骸を見ながら、これは予想通りだったっけ?と考える。分からない。あれ、どんな予想をしていたっけ?そもそもポテチなんか買ってたっけ。

自分自身を超えろ!とかライバルは自分!とかそんな言葉はいろいろな場面で聞いてきた気がするけれど、本当に自分と闘うことになるとは思わなかった。いやこれは薬との闘いなのか。そんなことを考えていると半日ほどがすぐに経ち、気がつけば日が暮れている。おなかもすいてくる時間。時間の感覚は曖昧なまま、生活のリズムは出来てきているような気がしていた。

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