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詩/散文まとめ

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記事一覧

「癒される者」

「癒される者」

雨が止む。

水滴に背中を撃たれた蟻。
たまった重圧に、
細い手脚を素早くくねらせる。
いかねばならぬと病相を抱え、
溺れゆくのを認めた蟻。
決して動きをやめぬ脚。

ああ、美しき懺悔。
ああ、美しき後悔。
冷たい天泣の哀れな犠牲に
男は目を細め、恍惚と微笑み、
涙を垂らし、撃ち、
溺れる蟻の悲しき性に
自らを溶かさんとした。

息を吸い、黄昏る間も無く、
男の涙を飲み込み、
喉に通って充満した憐

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「袖振る夜」

「袖振る夜」

袖を振る。
きみの願いに応えよう。
長い旅路に欠伸をしよう。

袖を振る。
私もきみを見送ろう。

重い右手が冷える。
安らかに打つ波を宥めるように
遠のくきみへ袖を振る。

きみの眠気を誘えるように、
帰る家となれるように。
ひしめく記憶の画集を
愛おしく抱こう。

呪いにかかったなら、
濡れた袖が風に吹かれて冷え切る前に
何度も何度も袖を振り合う。

おかえりを聞きたがる耳。
ただいまを言いた

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散文「くじらぐも」

散文「くじらぐも」

「くじらぐも」

※詩「夢の跡」に継ぐ散文詩風散文

 傾く飛行機の窓をぽかんと眺めていた。私は、旅の真新しい景色に期待しながら、いつかこの景色に慣れてしまう未来を恐れていた。初めは新たな宇宙を見るような気持ちで、窓の外に流れる雲を眺めていた。機体が大きく揺れながら、雲を抜けると、空の海が広がっていた。雲は流れる氷山となり、水平線には薄紫色のグラデーションがかかっている。私たちの頭の上にもど

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「夢の跡」

「夢の跡」

いつかくる。
幾度もきみに投げかける。
諦めの悪い感情論。
消えぬ未来に、胸を躍らす。

花は落ちる。
散れよ散れよと散らぬ花。
足を取られて萎むのは、
渇いた音で、身を落とすため。

息を継ぐ。
時間をかけたロングトーン。
朧げに揺れて溺れては、
遥か目指して、届かずを知る。

あなたがいる。
あなたは違うと、
消えない夢を見たがっている。

いつかくる。
幾度もきみに投げかける。
赤いフィルタ

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「フィンガースナップ」

「フィンガースナップ」

掠れた指は熱を帯びる

柔い付け根に、
胎内に沈む絵画を想え
額の裏を弄り、
濡れた留め具をひとつ回す
裏板の隙間に指を滑らせれば、
甲を這う弧線が膨張した
パチッ
青白い眩耀
皺だらけのキャンバスに、
彼女の前髪がへばりつく
しらっちゃけた頬に伝わる、
誇らしき温もりが、
指先に帯びた熱に呼応した
パチッ
焼け焦げた垢は
指の形に沿って転がり、
弾けた音にかき消される

怯えた赤子は、
そっと指

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「渇望の口」

「渇望の口」

 詩を書きたくなった。
 屍を横に、背中を押してくれた彼に捧ぐ。

『遺』 詩/散文まとめ

『遺』 詩/散文まとめ

  

蜘蛛

 長年蜘蛛の巣で生きている。
 ある時隣の巣に、自分の体の何倍もある大きな蝶が止まった。
 御馳走を前にした家主。しかし、家主はいつになっても動かない。 ただ、目の前で死んでいる蝶を眺めている。特別口にしようともしない。
 動かない。
 否、動けない。
 蝶は死を晒してなお、鱗粉を纏った鮮やかな羽を見せつけていた。
 よく見ると家主の目は、その羽に吸い寄せられ、意思を失っている。体

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「ちゅら ちゅらら」

「ちゅら ちゅらら」

木漏れ日に混じる 黒い頬を染めて
靡く髪の隙間を覗く
かさついた耳 赤い耳
自転車のペダル 長い人差し指で
軸を変えずにから回る
傾いた首 草の香り

涙ぐむ瞳は笹船の弧を描くだろう
届かない空へ流れる前に
舌切り雀は大きな葛籠に
慌ててリボンを巻きつけた

津々浦々の土産を贈ろう
誰も知らない僕のアソート
天上天下で花見をしよう
宇宙の花で並べたい御託
千切った舌を捜す素振りは
まるで罪を被った

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「先生」

「先生」

 

「残り五分です」
 昼下がりの某小学校では、今年度最後になる試験が行われていた。
 六年の担当教諭である小林は、教室の後ろの椅子から、無音の電子時計の針に合わせて残り時間を数えていた。総勢三十一人のうち殆どの生徒は、鉛筆を握ってカリカリと音を立て必死に計算を繰り返していた。中には解き終えたのか将又諦めたのか、筆を置き顔を伏せている生徒もいる。誰もがその、静寂に包まれた閑散とした空気の崩壊を求

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