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「癒される者」
雨が止む。
水滴に背中を撃たれた蟻。
たまった重圧に、
細い手脚を素早くくねらせる。
いかねばならぬと病相を抱え、
溺れゆくのを認めた蟻。
決して動きをやめぬ脚。
ああ、美しき懺悔。
ああ、美しき後悔。
冷たい天泣の哀れな犠牲に
男は目を細め、恍惚と微笑み、
涙を垂らし、撃ち、
溺れる蟻の悲しき性に
自らを溶かさんとした。
息を吸い、黄昏る間も無く、
男の涙を飲み込み、
喉に通って充満した憐憫に、
ついに癒され義を忘れ溺れた者。
いつしか故郷を失い、
使命を持たず、血縁に放棄され、
真の孤独者となり、
虫となり、人となり、
鬼となり、世界となる者。
満足気に笑う救世主に、
世界となった者は、
青白く健康的な顔を突きつけて
その憤怒を露わにせん。
俺を何処へやった!
俺を何処へやった!
俺の病は全く未来だった!
怒れる蟻を掬った男は、
その愛おしさに耐えきれず
胴体を契り、口の中へ放り込み、
安らかな舌の上で撫で抱いていた。
二度と雨に、撃たれぬように。
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