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僕と祖父、とくべつの函館

当時を振り返って(記事へのひと言コメント)
2018年にnoteを始めてから、これまでにたくさんの記事を書いてきましたが、そのなかでも最も多くの「スキ」を頂いている記事です。

「エッセイ」と「小説」を区別しないで書く、という方法 振り返りnote 2月11日〜17日


祖父とはもう長いこと喋っていない。ちいさい時分から祖父母の家には一ヵ月に一回は顔を出す可愛くも厄介な孫だった。ちいさい僕は、母から叱られると、祖母に電話で助けを求めた。祖母は運転できないから、祖父の車で隣町に来て、僕を救助する。一ヵ月に一回(もっと多かったかな?)くらいそのようなことがあった。


23歳。フリーランスの僕は、頻度は減ったが、いまでも祖父母の家をたびたび訪れる(実家には年に一回帰るか帰らないかなのに)。俗にいう、おばあちゃんっ子なんだと思う。僕は祖母が大好きだ。たくさんたくさん世話になったし、いまでも世話になり続けている。カネを稼ぎたいという欲求はほぼほぼないが、稼げたとすれば、祖母への恩返しのために使いたい。


祖父とは長いこと喋っていない。僕が祖父母の家を訪れる時間、すでに祖父は寝ている。

「また来るね」
帰るとき、ぎこちなく僕が言うと、
「おう。気をつけろよ」
祖父はぎこちなく答える。

僕と祖父はぎこちない同士。似ていると思う。遺伝子には逆らえないな。最近そんなことをよく考える。


ちいさい僕と祖父はぎこちなくなかった。夏にはザリガニ釣りをしたし、釣り堀にも行ったし、凧揚げもした。他にも、たくさん。

祖父が、おおきくなりかけた僕を、秋田県に住む祖父の兄弟へ紹介したいと言った。僕と祖父は夏休みに、二人で秋田へ行く約束をした。しかし、(祖父になにか心境の変化があったのだろうか)僕と祖父の旅行先はその年に世界遺産登録された平泉に変更となった。はじめての二人きりでの旅行。平泉を堪能しきった僕と祖父は急きょ函館へ向かった。

函館駅に着いたとき、みどりの窓口で「今夜空いている宿はありませんか?」と尋ねる祖父の背中は頼もしかった。海鮮丼を食べて、イカの刺身を食べて、他になにをしただろう? 記憶にない。それもそのはず。祖父は疲れてしまって、ホテルで寝ていたんだ。僕も午前中をホテルで過ごした。後日そのことを祖母に話すと、祖母は怒っていたけれど、僕にとってはしあわせだった。ゆったりとした北海道の時間の流れを感じた。

夜は、函館の夜景を見に行った。祖父は《三大夜景》なるものを教えてくれた。そのなかでも函館は別格なのだと語った。午前中の休養のおかげですっかり元気になった僕と祖父は日没前に函館山に登り、特等席ですばらしい夜景を待ち構える。山吹色の夕暮れと拮抗する群青色の闇。ぽつりぽつりと街に灯がつく。人間の営みが見え透いて、僕は何者になってしまったのだろうかと不安になった。携帯電話を開いて、当時付き合っていた女の子にメールをした。

いま、函館にいるんだ

岩手にいるんじゃなかったの?

いつもどおり、返事はすぐに来た。彼女は肌身離さずに携帯を持っている。僕はとんでもなく画質の低い、ガラケーで撮った写真を添付してメールを送った。

函館で夜景を見ている。写真じゃピンと来ないかもだけど、三大夜景のひとつで、そのなかでも函館は別格。とてもキレイなんだ。

次、函館に来るときは、メールの相手とすばらしい夜景を待ち構えよう。誓いは実現されなかった。



おおきくなった僕は再び函館を訪れた。祖父とは一緒じゃなかった。しかし、海鮮丼やイカの刺身、みどりの窓口を見るたびに、祖父の表情がよみがえった。そういえば、「あまり鮮度がよくない」って文句を言いながら海鮮丼を食っていたよな・・・とか。

二日目は電車に乗って、どこかへ遠出する予定だった。けれど、ちょうど台風が来てしまって、倒木やらの影響で電車は全面運休。函館駅はごった返していた。仕方がないので、金森赤レンガ倉庫でワインとつまみを買って、ホテルで飲んだりして過ごした。ちくしょう。あの時と似たようなもんだなって苦笑した。



僕と祖父がぎこちなくなってしまったのは、昨年の春のこと。僕は就職活動をせずに、演劇や、こうやって雑文を書き続ける決意をした。祖父はそれに反対した。せっかく早稲田を卒業したのにもったいないと。どうしてわかってくれないんだ? 僕は思った。いま冷静に考えると祖父も、同じことを思っていたんじゃないかな。


今年の正月。祖母に頼まれた僕は祖父に夕食を配膳した。「ひとりが好きだ」と言い張る祖父は別室で飯を食う。

白米、味噌汁を手渡したところで祖父と目が合った。これまで祖父はどちらかといえば《尖っている》印象だったのだけれど、角は削られ丸みを帯びていた。そのあと、確かにおかずをテーブルに置いたはずなのに、祖父の変化が衝撃的すぎて、どんなおかずだったか思い出すことができない。

「じいちゃん、なんか、ちょっと、老けちゃったね」

祖母にそう言うと、「そう?」って一蹴された。僕は、ひどく落胆した。僕の知っている祖父じゃない気がした。人間は削られて削られて・・・どんどん丸くなって、風化するようになくなってしまうのかとこわくなった。

僕と祖父は、ぎこちないままではいけない。急き立てられた僕は、函館を思い出す。記憶の中の僕と祖父はぎこちなくなかった。次に祖父と会うときには、僕がもう一歩、祖父の近くへ行かなければ悔やみきれない後悔をする。なんとなくだけれど、シックスセンスでそう感じた。脳内で8年前の函館を旅行するイメージトレーニング。港に押し寄せる波。かつて僕と祖父がなめらかだった日。僕が上手に一歩進めずに二の足を踏んでしまって、ぎこちないままだったら、函館に行く用意がある。函館は僕と祖父のとくべつなのである。

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宮澤大和
今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。 これからもていねいに書きますので、 またあそびに来てくださいね。