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【短編小説】 精神の貴族(3)

その日講義を受けているあいだ、わたしはノートブックに書かれた氏名と、電話番号、それから「米国サブカルチャー論」の題字を眺めていた。ページの半分以上に書きこみがあった。やはり表紙と同じように、ひじょうに線が細くて、ひじょうに小さな文字だった。年配の人間なら間違いなく老眼鏡を必要とするだろう。わたしはまだそういう年齢ではない、けどノートブックから顔を離し過ぎると文字を見失った。そしてわたしは想像することができた。先ほど出逢った新島という男が、机にくっつきそうなくらい顔を近づけてこのノートを取っている様子を、ありありと想像することができた。

「米国サブカルチャー論」の講義では、いくつかのアメリカ映画が日ごと取り上げられているみたいだった。近々きんきんの講義は『地獄の黙示録』。フランシス・フォード・コッポラ監督がなぜこの映画を撮るに至ったのか、ノートブックに挟まれていたレジュメによって仔細しさいに説明されていた。それ以外にレジュメは挟まっていなかった。新島はレジュメの内容をきちんと自分でまとめ直しているみたいだった。そのときに使われるノートブックがこれなのだろう。どうやらわたしは新島にとって大切で重要なものを持ってしまったみたいだ。どうにかしてこれを彼に返さないといけない、とわたしは思った。わたしは、ノートブックの表紙にボールペンで追記された番号をスマートフォンに入力し、何度もコールしようとした。ただ、発信ボタンをタップすることはできなかった。


今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。 これからもていねいに書きますので、 またあそびに来てくださいね。