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「自由でいい」と気づいて地獄から抜け出した~『ねこまたごよみ』石黒亜矢子~祝🎊第15回ようちえん絵本大賞

子どもの頃に読んでいた、あの懐かしい絵本。
今お子さんに読み聞かせている、そのおもしろいお話。
これを作ったのはどんな人だろう?
どんな生活をしているんだろう? と気になりませんか。

この連載では、そんな子どもの本の作家さんに「日常生活に欠かせないもの3つ」をテーマにお話を伺っていきます。
仕事道具、思い出の品、好きな食べ物など…経歴やプロフィールだけでは見えてこない、作家さんのすこしプライベートな部分までご紹介します。

★過去の連載はこちら

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8回目となる今回は、絵本作家・絵描きの石黒亜矢子さんです。猫の妖怪・ねこまた家族の1年間を描いた絵本『ねこまたごよみ』(2021年刊行)が、今年「第15回ようちえん絵本大賞」を受賞。これも記念して、たっぷりお話を伺いました。

『ねこまたごよみ』より
2月22日「ねこの日」は盛大なパレードでお祝いし、弥生には「ひにゃまつり」。師走には目玉チキンで「クリスニャス」…。奇妙で愉快なねこまたの1年を描いた絵本。

「ようちえん絵本大賞」とは
"第15 回ようちえん絵本大賞は、“子どもに読み聞かせたい絵本”、“お父さん・お母さんに読んでほしい・お勧めしたい絵本”、“まだ多くには知られていない素晴らしい絵本’'を選考の基準として、(一財)全日本私立幼稚園幼児教育研究機構・調査広報委員会が過去おおむね8年以内に出版された絵本の中から選考。特別賞3作品を含む15冊が絵本大賞に選ばれています。

https://youchien.com/

ユーモラスな妖怪や空想の生き物がイキイキと動き回る、奇妙で愉快な物語を紡ぎ出す石黒さんは、どんなふうに作家になって、どんな道具で石黒ワールドを作り上げているのでしょうか?  猫や爬虫類たちと暮らす石黒さんのアトリエにお邪魔しました!

アトリエの壁には、大好きなフィギュアや人形がずらり!

必需品3つはこれ!

和紙を使うこと、輪郭は筆で描くことは、ずっと変わらない

――石黒さんはいつも和紙に和筆で絵を描いているのですね。

石黒さん(以下略):そうですね。和紙は、丸まっているものと、決まったサイズに切られているものと使っています。ずっと使っていた紙の一つが、もう在庫分しかないというので、ロールで買い取っています。

愛用の和紙たち。作品に寄って使い分けている。

輪郭取りをしているのはこの細筆。鳩居堂さんのものをずっと使っています。

愛用の筆たち

筆は文房具店とかネットで色々探して、試したんだけど、やっぱり鳩居堂さんの筆が一番きれいに描けますね。違いはなんだろう…。何より、線がきれいに出るのかな。あと、すぐバサバサになんない。そんなに高いのは買ってないんですけどね。すごい使い心地がいいと、もうそれを一生使ってたいと思うんだけど、どうしても使いが荒いから、頑張っても2冊分くらいの絵を描いたら取り替えなくちゃならない。お店に行ったらとりあえず買っておきます。

和紙と筆を作るメーカーさんや職人さんがいなくなっていっている危機感は本当に感じています。もう書が趣味の域になっちゃっていて、和紙と筆で何かを書くという行為が、もう習慣として残っていないものね。

でも…こんな写真を公開して大丈夫かな…。私、日本画を勉強したことがなくて、絵の描き方は完全に独学だから、知っている方がこの筆を見たら「筆の管理の仕方がなってないな」って驚くんじゃないかと思いますね。

――石黒さんのイラストの輪郭が全て、和筆と墨で描かれていることを知ったときは本当にびっくりしました。てっきりペンなども使っているのかと思っていたので…。墨は「布・リボン書用」というものをお使いなんですね。

「墨の線を引いて、その上に色をのせる」という絵の描き方になってから、にじまない墨が欲しくって見つけました。これは布とかリボンとかに書けるものらしいんだけど、洗濯しても取れない。つまり水に強く、にじみにくいんです。すごいどろっとしているので、水で溶かして使ってますね。
この墨も目に入ったら買うようにしていて、買い置きもいっぱいあります。これがなくなったらやばいです。もったいないから、(絵皿の上に)ラップのせて…(笑)。 こうすると、何日か固まらずに使えるんです。

愛用の墨

ほかの絵付道具は…まずは水彩絵の具日本画用の絵の具もあります。パステルもあるけれど、今はあまり使わないかな。グラデーションで色鉛筆を使うことは結構ありますね。細かいと色鉛筆の方が良かったりするんです。

絵の具の道具については、あまりこだわりなくて。東京に戻ったあたりから墨で描き始めたから、このあたりの道具は10年くらい使っています。

――和紙の「汚れ」というか「にじみ」みたいなものも水彩絵の具ですか?

あれはインスタントコーヒー。ちょっと迫力をつけたいなって時に使いますね。コーヒーで汚すと、いい感じのにじみが出るんですよ。メーカーにこだわりはなくて、一番安いやつです。でも、このテクニックは美大とか行っている人はみんな知っているんじゃないかな。

茶色い「染み」は、コーヒーでつけたもの

そういえば、以前そのコーヒー染みの話をしたら、「宇野亜喜良さんは違うんですよ」って聞いたことがあります。「『みんなはコーヒーでシミをつけるけど、僕の場合は紅茶だからね』っておっしゃっていた」って。格好いいな! って思いましたね。まあ私はその後もコーヒーですが(笑)。

「ほんと地獄」な20代

――石黒さんはもともと、画材としてアクリルを使うことも多かったそうですね。

そうですね。私、もともと大きい絵を描いていて、そのころは使う道具もアクリルが中心だったんです。アクリルでゴテゴテに塗る感じで。

――今のスタイルになるまでをお聞きしてもいいですか?

あちこちで話していることではあるのですが、なんかね、24歳くらいの時に何も描きたいものがなくなっちゃって、スランプだったんですよ。アルバイトしてもすぐ辞めたりして。

で、なんでそうなっちゃったかっていうと、年上のいろんな人からダメダメって言われ続けたからだと思います。続けざまにダメ出しされて、萎縮しちゃって。振り返ってみれば、「これ描いてもどうせダメって言われる」って諦めてたんだろうな…。

――誰にダメ出しされたんですか?

イラストレーターを目指していたので、当時は公募展に応募して、賞を取って仕事をもらうっていうのが、王道のひとつだったんです。でもそういうのに応募して、佳作とかまでは取れたりするんだけど、大賞まではいかなくて。それはともかく、審査員の方から、はっきりと「嫌いだ」って言われたこともありました。

――そんなに言わなくても…。

私の絵は、何かすごく言いたくなる絵なんだと思います。味方になってくれる人もいるんだけど、一方で「大嫌い」とか「なんで入賞したんだか分かんないな」とかも…。

いろんなところへ持ち込みもしてたんですけど、やっぱり、はねられることも多くて…。今思えば、持っていくところを間違えてたんでしょう。でも当時は、なんかそれで、もう何を描いてもダメだなって思って萎縮しちゃって、全部ダメなんだって思っちゃってたんですよね。

――…聞いていて腹が立ってきました。いま、石黒さんと同じ方向でキャリアをひらこうとしている人は、「売り込み先を間違えないで」とアドバイスしたいですね。

ほんとにそう。地獄でした。
でもそんな時に図書館で河鍋暁斎(きょうさい)が描いた『暁斎百鬼画談の百鬼夜行の絵を見たんです。暁斎は幕末から明治にかけて活躍した絵師なんですが、もうね、その絵が自由すぎて圧倒されたんです。それで「あ、何を描いてもいいんだ」「“なし”(というルール)は別になかったんだな」って。そこからまた描けるようになりました。公募も出さなくなって、自分が好きなように描いては個展をして…というスタイルになりました。

河鍋暁斎『暁斎百鬼画談』(筑摩書房)

その後、『平成版物の怪図録』をマガジンハウス社さんで出していただいたんですが、同じタイミングで結婚して岐阜に引っ越すことになったんです。

――それから、いよいよキャリアが始まるかと思いきや…?

岐阜に行って、そのまま出産、子育てと続き、この時期は絵本制作からは全く離れていました。両親が手伝いもに来てくれていたんですけど、絵を描きたい気持ちはあっても、来てくれたら休んじゃって。結局、再開できたのは2010年に東京に戻ってきてからでしたねえ。

仕事を再開したいというタイミングで出版社からお声がけいただいたり、『平成版物の怪図録』から私の作品を見てくださっていたという京極夏彦さんが装画を依頼してくださったりと。一気に広がっていきました。

そういう面では、私は本当にラッキーだったとも思います。
あと、誰に求められなくても、ずうっと描いてこられたことも、今につながっているのかもしれません。絵だったらずっと描いていられたし、褒められることも、絵しかなかったですから。

鉛筆で何度も何度も描き直して、形を浮かび上がらせる

――石黒さんの下絵を拝見しました。描き込みが細かくて、ほとんど本番なのですね! これは鉛筆で描いているんですか?

『ねこまたごよみ』の下絵/すべて鉛筆で、ほぼ本描きと同じ密度で描かれている

そうですね。コピー用紙に鉛筆で描いています。下絵の時点では、だいたい120%に拡大して描いてます。本描きではトレースするという流れ。目が悪くなってきて、小さい絵が描けなくなっちゃって。

下絵の時点で、描き込みは細部まで全て終了してます。下絵は本番と全く一緒です。だから担当の編集者には下絵の最終段階で「ここで直すところを言ってくれないと、以降は直せない」と念押ししています(笑)。

――下絵コピー用紙と2Bの鉛筆なんですね。消しゴムも手放せないとか。

絵の勉強をしていないから、一発で形が取れないんですよ。ほら、この下絵も、膝の位置とか、表情とか、すごい描き直してるでしょ。何回も描いて消して描いて消してっていうのを繰り返してます。

鉛筆で描かれた下絵。左の絵には、消しゴムで消した線がうっすらと見える

だから鉛筆と消しゴムは手放せません。デジタルでできる人もいるし、便利そうだなとは思いますが、私は完全にアナログですね。

――逆に、ラフ(ストーリーを伝える最初のプロット)はすごくシンプルですね。

『ねこまたごよみ』弥生(3月)ページのラフ。おおまかに構図が描かれている

ラフに力を入れるのは好きじゃないんですよ。下絵を細かく描き込むしんどさがあるから、ラフからやりすぎると続かない。ラフは話の筋をわかってもらうための必要最小限を描いています。ただ、実は構図はほぼ変わらないんですよ。大体ラフの通りに進みます。

編集者と一緒に作り上げている

――絵本は、担当の編集者さんと話し合いながら作り上げることも多いとか。

ストーリーは「こういうふうな物語にしようと思います」ってメールしたり連絡したりして、割と話をしながら進めていきますね。『ねこまたごよみ』の時は、本文に入る歳時記を担当編集さんがめちゃめちゃ調べてくれて、あれがなかったらできなかった。
今回、文章も一緒に考えてくれました。最初、私が書いた文章がすごく固くて、絵本らしくなかったんですよね。どうも図鑑ぽくなってしまって。それを「こんなふうにするのはどうでしょう?」と噛み砕いた表現の案を出してくれたんです。きちんと物語を理解した上でくれるアドバイスなので、的確なんです。

――『ねこまたごよみ』ではそれぞれの絵に名前がついているのも印象的でした。「ふうせん」「ゆかた」「はなび」…。「毛服がえ」「ねこまたずもう」などフィクションの名称もあったりして。

毛服がえは一番描きたかったものです。単語は、「それに用語説明が必要?」と思うようなものまで、とにかく執拗なくらい、書き込みました。

水無月に出てくる「毛服がえ」 
細かく単語の名前が入っています。言葉の勉強にも役立つ…かも?

これは尊敬する絵本作家・かこさとしさんの『ことばのべんきょう』を意識しています。くまちゃんと一緒にことばを覚えよう、という絵本ですね。この作品が大好きなんです! 「はみがきこ」とか「あさのあいさつ」とかの文字が、細かく書いてあって…。そのルーツは最後まで崩さず持っていこうって、担当編集さんと話し合いました。

――石黒さんは、この10年で活躍の幅が一気に広がっていますね。当時と今、仕事のやり方は変わりましたか?

2016年の『えとえとがっせん』と前後して、絵本のお仕事がどっと増えました。それまで一人で考えて個展をして…ということが多かったのですが、以降は編集さんやメーカーさんと一緒にやる、チームで行うお仕事が増えてきたのかな。それはすごく楽しいですね。なんか悩みが減るというか。

『えとえとがっせん』(WAVE出版、2016年刊)
『どっせい!ねこまたずもう』(ポプラ社、2018年刊)

編集さんってやっぱりすごいなと思います。ツッコミが的確だし、アイデアもすごい。やっぱりアイデアが1番大変ですから、そのきっかけを出してくれることは本当に助かります。

絵付けの時、ほぼ100%聴いているのがYouTube

――手放せない品の最後はタブレットです。デスクの上にタブレットの定位置もあるんですね!

タブレットは、デスクに座って操作しやすい定位置に!

原動力というか、もう100%聴いてるのが、YouTubeですね。これがないと、仕事できない。
お話作りをしているときは、無音です。でも下絵の段階になったら、どんどん描いていくだけだから、音がないと耳が寂しくて。

――YouTubeといっても映像も見ているわけではないんですね。ラジオは聞かないですか?

ラジオでもいいけど、YouTubeだったらサムネイルの画像と文章で、どういう内容のものかがすぐ分かるから、便利なんですよね。

今はですね、オカルト系にハマってます。怪談とか都市伝説とかを怪談師の人たちが話しているチャンネルで。私、そういうチャンネルをいくつか登録していて、更新されたら見る…っというか聴きながら作業する感じです。YouTubeには作業用BGMとして、2時間ひたすら怪談を喋っているものもあって、「あ、これ何度も聴いたことあるな」と思いながらも、楽しく聴いてますね。

昔からテレビを見ながら仕事してたんで、やっぱ音がないと、なんか落ち着かないんです。

――他の作家さんもドラマとかテレビを見ながら作業しているという方がいて、「音だけじゃないんだ!」っていうのが驚きでした。

孤独な作業ですからね。ドラマもちらって見て、耳で聴いていたら、なんとなくではあるけどストーリーはキャッチアップできるんだよね。

――意外だったのが、石黒さんはホラーとか幽霊ものはお描きにならないと。

幽霊と妖怪は、全然違います。妖怪は愉快な存在じゃないですか。私はホラーも書けないんですけど、時々やっぱり、「怖いお話を描いてください」という依頼もいただきます。
私、怖い話を作るのは苦手なんですよ。残酷なのも好きじゃない。そもそも、「怖かろう」と思って描いたとしても、全然怖くないんですよ。そんな恥ずかしいことってないですよね(笑)だから、描けません!

――負け試合がわかってるのに(笑)。

そうそう。怖い話やオカルトは趣味として、自分が作るものとは関係のないところから、「うわ〜」ってなりながら、見たり聴いているのが好きなんです。

絵本の神様に、少しでも近づくために

――最後に、これからやりたいことや予定を教えてください。

今は5月に台湾で開催される個展の準備にかかりきりになっていますが、これが終わったら、もう一度、絵本に力を入れたいなって思っています。

お世話になっている編集さんが、立て続けにみんないいアイデアを出してきてくれて、やりたいな、やらなきゃダメかもしれんと思って。なんかね、焦りがあるんですよ。もう51歳だから、生きてる時間や起きてる時間が残り少ないなと思って。

――でも、絵本作家さんは皆さんご長寿で80歳を過ぎて現役の方も多いですよね。焦るにはまだお早いです。石黒さんの尊敬するかこさとしさんも、92歳で亡くなる直前までお描きになっていたそうです。

かこ先生は鬼才。才能が違います! 同じ絵本作家の業界に入って、大先輩として見た時に、かこ先生がどれだけすごいかっていうのが分かりました。あんなに多岐に渡ってかける絵本作家はいないと思う。全てのテーマを網羅していて、かなわねえな、と思います。

私の中で、絵本の神様はかこさとし先生。かなわないけど、少しでも近づけるようにがんばります。

(インタビュー/柿本礼子)

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