ブルルル! 厳寒の北海道イルミネーション旅[2/4]函館の怪しい客引きおじさんとギリギリ五稜郭(旅で深読み)
急に寒くなった先週、さらなる厳寒を求め(というわけではないけれど)、北海道に出かけました。
函館到着後、最初のアクションは「昼食」です。
海鮮朝市と海鮮食堂が集まっている道で三色丼やら四色丼やらの看板を眺めていると、小柄なオジサンがやって来て、手書きのメニュー表を見せます。
「ほうら、ウニ、イクラ、カニ、エビ、アワビ、……みんな新鮮、どれでも3つ選んだ海鮮丼が1800円!」
と、
『いいコがいますよ。ワンセット3000円ポッキリ!』
のように声をかけてきます。
「うーん、そうだね……」
とつぶやきながら他の店も見ようとすると、
「よし、じゃ、ホタテの焼いたのを付けちゃおう!」
と、まるで、
『おつまみ1点、プラスで付けちゃおう!』
的にかぶせてくる。
「じゃあ……ここにしようか」
と同行者の了解を取るやいなや、オジサンは、
「こっちこっち」
と店舗と店舗の間の、人ひとりやっと通れるほどの路地裏に小走りで入っていきます。
「え? こんな所? 大丈夫?」
「近道、近道、さ、行こ行こ」
「……なんだか怪しいな」
「怪しくない、怪しくない、こっちこっち」
狭い路地のその向こうに怖いお兄さんが凄んでいたり、中学に通う孫がいるような女性が布団を敷いて待ってるのではないか、とビクビクしつつ後を追うと、
「ここ、ここ」
と裏口らしいドアを開け、そこには文明のあかりが灯っており、……確かに食堂……でした。
(うーむ。表口から案内しなかったのは、開け閉めのたびに港からの寒風がもろに入ってくるからだな……)
オジサンは、
「はい、おふたりさん、ホタテ焼き、サービスしてあげてよ!」
と賄いの女性に声をかけると、また裏口から姿を消した。
私たちが三色丼を食べている間に、オジサンは次々と裏口からお客を連れて来た。なかなかのやり手であーる。
私はイクラ、ウニ、アワビを載せてもらい、例によってすぐ飛びついたため、撮り損ねました。
イクラが大粒でけっこう載っていましたね。
昼食後、歴史のある教会が並ぶ山の手を歩きましたが、港を見るとこんな感じ(⇓)で、
「そういえば、長崎も神戸もサンフランシスコも海に向かって急な坂をおりる街だったな……港町ってどうして同じような景色なんだろう?」
と疑問がわきました。
同行者曰く、
「この急勾配のまま海に入っていくから、すぐに深くなるわけじゃない? だから、船が座礁したりしない、いい港ってわけよ」
「……なるほど」
(ブラタモリのどこかで出ていたかも……)
さらに歩くと、明治の洋風建築「旧函館区公会堂」が、やはり敷地全体が大きな勾配にある元町公園を見下ろしています。
この建物には、明治44年(1911)に皇太子(後の大正天皇)が宿泊した部屋なども保存されています。
中央のバルコニーから海を眺めるのはなかなかのものだろうな、と思いましたがこの日は出られませんでした。
公会堂の下、元町公園を港に向けて降りていくと、ペリー提督の銅像がありました。
ペリーは浦賀に来た翌年、函館にも来ており、これが「五稜郭」建設と関連しています。
さて、既に15:45ぐらい。ここで重要な判断を迫られます。
夜景を見に函館山に登るか、《五稜郭》か ── 夜景を諦め、《五稜郭》に向かいました。
どうやらテレビ塔のような機能はなく、《五稜郭》全貌を高みより眺めるためだけに建っているらしい「五稜郭タワー」に上ります。
《五稜郭》がなぜこんな形をしているのか?
──「ブラタモリ」で学びました。この形状は外からの攻撃に対して死角が少なく、防御に向いているとして、15世紀以降に西欧で発達したデザインなのでーす。
知らなかったのは、「《五稜郭》はいわゆる《城》ではない」という点でした。
タワーの資料で歴史をたどっているうちに、辺りはすさまじい速度で暗くなっていきました。
もう写真も撮れない……。
(危なかった! グズグズしていたら、せっかく入場料払って上ったタワーから、肝心の《五稜郭》も見えなくなるところだった!)
さすが北の街、冬は日暮れが早い。
ペリーに圧力をかけられ、日米和親条約を結んで函館を開港した幕府は、その地を治める《函館奉行所》の致命的な欠点に気付きました。
奉行所は現在の「元町公園」の地にあり、港の目と鼻の先 ── つまり、アメリカ船からドカンと一発やられたら、ひとたまりもないのです。
そこで《函館奉行所》を、大砲の球が届かない内陸の地に隠すことにしました。それが《五稜郭》のある亀田地区であり、移設した奉行所の周りに《五稜郭》を築いたのです。
今、《五稜郭》の中心には、復元された《函館奉行所》が建っています。ここは17時閉館 ── なんとか間に合いました。
さて、この日の夕食はホテルに頼んでないので、《五稜郭》から港のそば、《金森赤レンガ倉庫》に向かいます。
赤レンガ倉庫から道路を隔てた港の側に、大きなクリスマスツリーが設けられています。
歩いていたら、結婚式の前撮り写真でしょう、タキシードとウェディングドレスのカップルがフォトグラファー部隊と歩いてきました。
新婦はもちろん、肩を露出させています。
(ひえーっ! この零下・強風でそんな格好してたら、結婚式当日には入院だぜ!)
とジジイは心配しましたが、まったく余計なお世話、アツアツなのでしょう、きっと。
倉庫のひとつに入り、地ビールを出すレストラン「函館ビヤホール」に入ります。
ここで、北海道限定のサッポロクラシック生ビールと、地ビールの「函館開拓使ビール」を飲みながら、北海道らしい料理、
・鹿モモ肉のペッパーソース
・ラムチョップの黒コショウ焼き
を頼みました。
前者は珍しいけどやはり脂無さ過ぎ、後者はコスパも良く(2本で1000円!)、とても美味でした。
(例によって、撮り忘れました)
メニューを載せておきます。
「函館開拓使ビール」はラガーとペールエールの中間ぐらい、地ビールとしてはクセがなく、飲みやすかったですね。
同行者のイカ焼きもひと切れもらいましたが、いけますね。
倉庫から外に出ると、おお!
それにしても、寒い!
〈3/4につづく〉
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