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イノベーションが求められる都市にパブリックスペースやウォーカブルができることー「わたなベース」vol.1レポート

 2024年6月13日に天神・渡辺通地区の南側に位置する「渡辺通」エリア(福岡市中央区渡辺通1~2丁目もしくは渡辺通1丁目交差点周辺)の今後のまちづくりを考える座談会「わたなベースーイノベーションが生まれるまちには何が必要か」が開催されました。今回はそのvol.01キックオフとしての開催であり、テーマが「都市をリノベーションー大きな開発と小さなリノベーションがセットになってつくり上げていく豊かな界隈についてーその実践的なアクティビティの可能性とは?」として、Open Aの馬場正尊さんをスペシャルゲスト、そして福岡の都市を語る上でかかせない登壇者及び参加者が集まりました。

 今回聴講させていただき、感想とともに福岡市がイノベーションを創出する都市となるためのポイントとウォーカブルの関係について考えたいと思います。


福岡市で最初の再開発事業が行われた「渡辺通」地区で「わたなベース」が誕生した経緯

 渡辺通地区は、福岡市内の最初の第一種市街地再開発事業としてサンセルコが開業、その後通りを挟んだ九州電力の本社エリアで電気ビル共創館が竣工するなど大規模なオフィス街と周囲には春吉や住吉、薬院など多くの児童を抱える小学校があるように密度の高い居住機能と小規模な飲食店が点在するミクストユーズなエリアです。
 一方で、福岡市内では天神地区、博多駅地区にて再開発誘導政策によるオフィス・商業空間の機能更新が行われ、特にオフィス機能は天神、博多地区への集中の様相で市内での競争が激しくなってきています。

 この「わたなベース」は、市内だけでなく、国内外でも競争が激しくなる中で、「渡辺通」エリアの中心に位置する九州電力本社の隣接地で計画されている再開発を契機にエリアの将来像を多くの人と考える場として座談会という名前で開催されています。プレスリリースでは再開発ビルと合わせて沿道の魅力づくりや、天然芝の緑地広場・カフェ棟を拠点とした地域の賑わいや交流促進等に取り組むことになっています。

PARKnize公園化する都市ー近代主義で引かれすぎた都市の境界をあいまいに溶かす

 馬場さんのキーノートスピーチでは、今回の再開発の核となる広場(民有地の公園)のことを中心として、「公園化する都市ーPARKnize」の可能性をお話しされました。
 当日のスピーチの骨格となっている内容は、公共R不動産の連載コラム記事にて読むことができますので、ぜひご覧ください。

 馬場さんの「公園化する都市ーPARKnize」では、有楽町のビルの間の空間を公園化した「SLIT PARK YURAKUCHO」や広島県福山市の元百貨店の建物の暫定活用として大々的にパブリック空間を設けた「iti SETOUCHI」などの事例のように、その時点で都市の中においては、ただそこに空間としての目的性が薄いもしくは目的自体を喪失したような場所を公園のように設えています。
 なぜ公園のように設えるのか、その理由は公園という場所がそもそもそこに居る目的自体は希薄であり、都市機能としての目的があいまいな施設であることに注目。エリアリノベーションを行う上で、あらゆる目的を失った都市の余白を公園化することでできる可能性に気が付いたことをあげられています。
 つまり、目的性が薄いもしくは目的自体を喪失した場所に対して公園化ーPARKnizeすることで周辺に対してその場所が開かれることになり、いままで機能的に分かれていた敷地、道路、公共空間といったように近代で引かれすぎた機能主義というものを曖昧に溶かしていくことになる。これが僕らの時代の役割であるというところは特に印象的でした。

パブリックスペースの設えを考えるとき、その場所にどんな人を呼び込みたいか?

 公園化する都市におけるオープンスペースやその周辺施設を考える上で、馬場さんが強調されていたのが、その場所にどんな人を呼び込みたいかを都市のイメージとして発信することの重要性です。わたなベースのサブタイトルにもなっている「イノベーションが生まれるまち」。これは都市の競争力の源泉として、イノベーションを生むようなクリエイティブ人材を意識したものと思います。福岡市におけるクリエイティブシティの記事でも書いた内容をもう一度ふくらましていきたいと思います。

 上記の記事で引用したクリエイティブシティにおける3つのスタートアップのレイヤー(層)が大変重要になると感じましたので、再掲いたします。

クリエイティブシティにおいては、従来の一獲千金を狙うスタートアップ(第1層)とも、社会課題解決を目指して立ち上がるスタートアップ(第2層)とも趣を異にする、自らの世界に没頭しオリジナルを生み出したいといった創造欲求に忠実に起業する第3層のスタートアップの存在が想定される。(中略)第3層(アイディアを表出したくてたまらない層)が生き生きと暮らし働く街は、実現性を意識して、シティ=都市レベルから局所的フォーカスを施し、「クリエイティブネイバーフット」を単位としてみる。

『MEZZANINE vol4』:吹田良平:クリエイティビティ Beyond!」P43

 この記事を引用した際には、ここで吹田氏が述べたこの第3層と表現される人材をいかに呼び込むだけでなく、市民のなかから創出していくことが真のクリエイティブシティになるためにおいては重要なポイントです。
 すでに先行して再開発が進む天神や博多駅周辺はどちらかというと第1層や2層のスタートアップを目指しているのであれば、渡辺通地区の目指す方向は第3層であるべきと感じました。
 そして、この第3層のスタートアップに含まれる人びとは中心(マジョリティー)ではなく、少数派(マイノリティー)であり、文化人類学的な視点でいうならば「周縁(フリンジ)」であるということです。

非「中心(マジョリティ)」である「周縁(フリンジ)」という考えで都市戦略を考える

 まず周縁(フリンジ)とは、中心(マジョリティー)と比較されるものです。九州産業大学ソーシャルデザイン学科の資料より引用いたします。

周縁:マイノリティー
構造的特徴
・偏差が大きく、バリエーションが豊富(共通の話題が少ない)
・水平方向に差異化が進む(水平方向でのアイデンティティーの確立)
・水平の構図の中に多様に分散して存在する
●行動・思考の特徴
・独自の世界に住むことを好む(群れることを嫌がる)
・競争を好まない。差異に価値を見出す。他人の評価を気にしない。
「ヨーイ、ドン」というと「何で?」と返すタイプです。
・独自の価値観で物事を考える
・はみだすことを好む(結果、差別・いじめの対象となることが多い)
・自分でモノをつくり、自分で消費することを好む
・移動する・所有しない(囲い込まない)
・思考回路が柔軟で新規性のあるアイデアを生みやすい

参考資料:九州産業大学「中心と周縁」より
https://design.kyusan-u.ac.jp/OpenSquareJP/index.php?%E4%B8%AD%E5%BF%83%E3%81%A8%E5%91%A8%E7%B8%81

 この「周縁(フリンジ)」というキーワードは建築家の松岡恭子さんがこれからの福岡という都市のあり方について、デンマークのコペンハーゲンをテーマに、なぜヨーロッパの中心でないコペンハーゲンから世界トップクラスの飲食店や自転車などのまちづくりが生まれたポイントとして、「周縁(フリンジ)」という概念で「周縁」ならではの、常に更新を続ける、勇気ある姿勢と説明されています。
 そして、2023年7月に福岡市の総合計画に関するトークイベントで登壇された際に松岡さんがお話しされたのは、1970年代ごろの福岡市のまちづくりの活発さでした。いろんな人が福岡の将来の姿を構想し、勝手に新聞などで発表していたそうです。その結果がイズムやアクロス福岡のような民間も行政も独自の目利きがを育てました。常識からすると考えられないような選択をするのが、「周縁(フリンジ)」であり、福岡市はもっとこの考えに振り返るべきとのメッセージです。

 今回の「渡辺通」地区は将来像のコンセプト案などを福岡地域戦略推進協議会(FDC) において渡辺通ワーキンググループが立ち上がり議論と社会実験が続けられ、さらに多くの人を巻き込んでいくべく立ち上げられたのが今回の「わたなベース」であり、福岡市がもともと持っている官民で独自の戦略でまちづくりを行ったこれまでの伝統のプレイバックとも位置付けられ、期待できるものと感じました。

イノベーションが求められる都市と日本が先陣を切る人口減少社会における「近接の都市」がもつポテンシャルについて

 九州電力周辺の再開発は現在まだ計画段階で実際にまちに整備される広場ができるまでには数年はかかる見込みです。それまでの間にどんなことをすべきか、馬場さんはいまから今回の場のように様々な人にアプローチしている状態を「素振り」ができていることはとてもいいことで、実際にできてからの「打席」に立つときには万全な状態になる可能性をもっているこの会を高く評価していました。
 では、いまの状態からどのような仕込みをしていくべきかを筆者の関心の中心であるウォーカブルシティとの関連が高いところで書いていきたいと思います。

左の建物が電気ビル共創館、右が九州電力本社本館。その奥にあるのが今回再開発予定の敷地。
広場の位置はまだ未定ですが、馬場さんはこの建物の間の奥に明るい広場があることの人を惹きつける魅力を語られていました。
写真の道路が渡辺通り。この場所には、広場にアクセスできるよう横断歩道がほしいところです。

すでに十分なウォーカブルシティの要素を備える「渡辺通」地区でなにを模索すべきかー将来の人口像と社会状況を先取りする必要性について

 「渡辺通」地区は渡辺通1丁目交差点の十字路から4つの通りが伸びていて、いずれも市の道路ネットワークにおいては重要な幹線道路が走り、多くのバス路線が通っています。鉄道は西鉄薬院駅や地下鉄七隈線渡辺通駅、シェアサイクルのポートも多数点在し、歩行空間も充実しています。つまり、ウォーカブルシティの要素をほとんど備えているとも言えます。

左のビルは福岡市で最初の第1種市街地再開発事業であるサンセルコ。右が九州電力本社ビル、奥に電気ビル共創館。歩行空間は広く高質。

 今回の座談会の登壇者の一人である地域環境リノベーション計画代表、九州大学大学院客員教授の松口 龍さんは職住とも博多にあり、仕事と生活のほとんどが公共交通に頼らずに歩いて行けることの可能性にコメントされていました。
 さらにこのコメントについて参加者からは人口減少の影響度合いの局面が今後より顕著に社会や経済に大きな影響を与えるであろう時代に突入する中で、公共交通のサービスレベルの維持が難しくなる時代の中でも、いかに都市の魅力を維持・発展させていくための方向を描けるか、描いていかないといけないというやりとりは大変大きな気づきでした。
 
 「交通(需要)」というのは、何かの目的を達成する(本源需要)ための派生需要であるが、今後人びとの移動手段が維持できな局面を迎えつつある中で、それに耐えうる(レジリエンス)都市を目指していかなくてはならない。そして、世界の先進的な潮流である住んでいる場所で仕事も生活も十分に満たしうる都市形態である「15分都市」や「スーパーブロック」という都市像を参考にしていく必要があるという結論に至っていきました。

「近接の都市」が実現するウォーカブルで生産性の高い都市像とは

 近年パリ「15分都市」やバルセロナ「スーパーブロック」では車依存せず、徒歩や自転車で生活を完結できる都市戦略が注目されています。
 このような動きを「近接」という言葉で読解したのが下記の書籍です。

 本書の中では、「近接の都市」とは

強制的な移動を取り除くことで交通量(とその結果生じる公害)を減らし、そして、そうすることで生活の時間や公共空間を人びとに取り戻そうとする都市がある。つまり人びとは、かつて会社や、遠くのショッピングモール、市役所に行くために使っていた時間、かつては自動車に占有されていた街路や広場、歩道を自分たちの手に取り戻すことができる。それゆえ近接の都市は、子どもたちが徒歩で通学し、街路で遊ぶことができ、高齢者が安全に歩くことができ、必要なものがすべて近くにある都市でもあるのだ

ここちよい近さがまちを変える/ケアとデジタルによる近接のデザイン: Ideas for the City That Cares
エツィオ・マンズィーニ (著), 安西 洋之 (翻訳),Xデザイン出版,2923/11,P84

つまり人びとの移動にかかる時間やコスト、都市空間の豊かな活用を目指す一般的なウォーカブルなまちでの基本的な考えであり、パリの「15分都市」ではPlat Fukuoka cyclingのメインテーマである自転車まちづくりによる車依存の脱却が進んでいます。

 一方で、では都市の生産性を高めるために、人の移動のための時間や空間以外でできること。つまり本書の著者エツィオ・マンズィーニ氏の専門であるソーシャルイノベーションの可能性や生産性の高い仕事の人材やその業種などはもっと突き詰める必要を感じるところです。
 
 座談会では、ここまでふれた内容以外にも再開発と周辺界隈の開発圧力によるジェントリフィケーションの課題に対する、事例や都市マネジメントのあり方など様々な話題が飛び交っていました。
 ここまでで5000字を裕に超えてきてしまったので、この考察は次回に譲りたいと思います。

Plat Fukuoka cyclingは今回の「わたなベース」に引き続き聴講し、福岡で動き出している都市の最前線からも考察を深めていきたいと思います◎

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