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うま味と塩味と日本酒の、別格の世界の心地よさ。

最近、日本酒と料理とのマリアージュやペアリングがいろいろな雑誌などでも特集されていて楽しいですよね。日本酒は料理と一緒に楽しむことで、より一層世界が広がります。日本酒は型にはまらずに楽しむことができる、自由なお酒だと思います。

一方で、日本酒は長い歴史の中で、その殆どの時間を和食とともに歩んで進化してきました。新しい出会いも刺激的ですが、ずっと連れ添った夫婦のような円熟した深みのある関係からは、心底から温かい気持ちと深い感慨を覚えるものです。

これまで、いろいろな形で日本酒の仕事に携わってきていますが、究極的にはおいしい日本酒とはなんだろう、日本酒を通じて得られる感動とはなんだろう、といったことをずっと考えているような気がします。

時間が紡いできた味わい

和食の原型である本膳料理が確立したのは室町時代です。本膳料理は、飯、汁、香の物、菜を基本に構成されています。外国の料理は肉の脂質を中心とするものが多いのですが、日本では脂を使う習慣がなく、だしのうま味を活かした料理が発達したと言われています。

和食が健康に良いとされるのも、脂質を極力排除して、だし中心の道を選択してきたからなのです。

また、日本人にとって米は特別な意味を持っています。神様を祀るにあたって、米は最も貴重なお供え物とされていますし、さらに手間をかけて造られた米の酒である日本酒は大変尊ばれ、祭事には欠かせないものです。

日本酒の原型は古代からあったとされていますが、現在の日本酒の製造技術の基礎が急速に発達し確立したのも、和食と同じく室町時代の頃と言われています。

こうして共に歩み始めた和食と日本酒は、江戸時代に料理屋(外食)の発展や流通網の発達、生産・加工技術の向上などを通じて、一気に花開くことになります。

近年の食の多様化やアルコール離れというのは、和食と日本酒の歩んできた長い道のりからすれば、つい最近起こった現象だと言えるのです。

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絶妙すぎる味覚の組合せ

だしの主要な味の構成要素はうま味と塩味です。
うま味には、昆布のグルタミン酸などからなるアミノ酸類と鰹節のイノシン酸などからなる核酸類がありますが、これらが合わさると相乗的にうま味が強化される性質があることが科学的に知られています。また、適度な塩味も、うま味を強化する性質があります。

日本酒は、ワインやビールに比べて、うま味成分が多く含まれていることが特徴的なお酒です。和食の骨格であるだしのうま味や塩味との相性は抜群です。

昨今、米の大部分を削ったきれいですっきりしたタイプの日本酒も市場では人気がありますが、日本酒のうま味は麹からももたらされるので、ワインやビールにはない独特の風味が感じられると思います。もちろん、昔ながらの、米の味わいがしっかり感じられるタイプの日本酒もたくさんあります。

また、日本酒には、基本味(甘味・酸味・苦味・塩味・うま味)の中で、塩味だけが含まれていません。だしや和食に使用される調味料に由来する塩味がそれを補完します。

以前、南部杜氏組合の鑑評会の審査員をやったことがあるのですが、一日で数100点もの日本酒を審査しなければなりません。だんだん感覚が鈍麻してくるので、塩で口直しするんですよね。日本酒には存在しない味覚なので、目が覚めるというか、リセットする効果があるように感じました。

今では、本物の飲兵衛の世界だけの話かも知れませんが、江戸時代には塩だけを肴に日本酒を飲む文化もあり、僕は結構オツな感じがしてカッコいいなぁと感じています。

このように、味わいの構成要素という視点で見てみても、日本酒とだしや和食との組み合わせというのは絶妙なのです。基本味を補完してバランスの良い味わいを創り出すとともに、うま味もお互いに高め合うという、これ以上ピタリとくるパートナーはないのではないかと思えるのです。

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本当においしい日本酒とはなんだろう

和食と日本酒の取り合わせは、単にマリアージュ、ペアリングという言葉だけでは表現できない世界観であると感じています。意図して築けるものではありません。

日本という自然豊かな風土で、1,000年という長い時間をかけて創り出され、世代を超えて受け継がれてきた社会慣習です。日本人の心身を形作るアイデンティティだと思います。

そして、和食も、日本酒も、日本人ならではの繊細さと手間暇をかけた精緻さがあり、芸術的でありながら、どこかほっとする安堵感を抱かせてくれます。

和食と日本酒のある国に生まれて、嗚呼幸せだなぁと噛みしめながら、おいしい日本酒とはなんなのだろうと今日も考えています。

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