【おはなし】 風の揺らぎ

面接官1 「はい、どうもありがとうございます。リナさんは元気な妹キャラにエントリーされているのですが、実際にお兄さんかお姉さんはいるのですか?」

「いえ、いません。うちは施設で育てられた捨て少女やから」

面接官1 「そうでしたね。では15歳というのは本当でしょうか」

「それはちょっとサバ読んでます」

面接官1 「そうでしたか。実際の年齢は非公開でもちろん構わないのですが、少し中途半端な年齢の気がしますね」

面接官2 「厨二病って言葉はまだ健在ですから、14歳の設定の方がいいんじゃないですか」

面接官1 「そうですね。リナさん、いかがでしょうか」

「うちはこの役をもらえるんやったら何歳でもかまへん」

面接官1 「わかりました。ではリナさんの年齢は14歳でいきましょう」

「ベタな設定の気もしますけど・・・」

面接官2 「そこは忍者の末裔として、どこかの段階でひっくり返せばいいじゃないですか」

「そやったな。うちは、くのいち」

面接官1 「ええ。素早さがウリですから、属性は風でいいですかね」

面接官2 「わかりやすくていいんじゃないですか」

面接官1 「では、結果は後ほどご連絡いたしますのでしばらくお待ちください。本日はどうもありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました。どうぞよろしゅうお願いします」




オーディション会場を出たうちは、路地の奥にある秘密のアジトみたいな喫茶店に向かいながら考えてる。

「もうちょっとアピールした方がよかったかな。妹キャラなんやし、生意気な方がウケたかもしれへん。まあ、終わったことやしええか」

すれ違うひとたちはうちの独りごとに全く気づいてない。それくらいの速度でうちは歩いてるから。

「風属性の女性の忍者かぁ。ダンスが得意なうちにはぴったりの役やな。施設で育ったというのはホンマのことやけど。でも14歳に見えるか? 見えるんやろな。あのひとらそっちの世界ではえらい幅きかせてるみたいやから、うちの見た目と設定のブレはないんやろうな。こう見えてもお酒飲める年齢やねんけどな。そこはちょっとだけへこむわ」

カラン カラン ♪

喫茶店に着いたウチが窓際の明るい席を見つけて座ると、足を引きずっているウエイターが注文を取りにきた。

「アイスコーヒーの濃いめでお願いします」

「かしこまりました」

ウエイターは注文を伝票に手書きしてカウンターに戻っていった。

店内では渋めのジャズが小さな音で流れている。奥の目立たない席ではふたりのお客がなにやらヒソヒソ話をしている。うちは席を移動して彼女たちの声が聞こえるギリギリの離れた怪しまれない席にうつる。

席を移動するとさっきのウエイターと目が合った。彼はかしこまりましたと声を出さずに小さく会釈を投げてきた。

うちはこの店にたまたま入ったお客を演じながらふたりの会話を盗み聞く。

「あんたの特技はなんだい?」体の大きな女性がたずねた。

「はい。わたしは木登りが得意です」もうひとりの若い女の子が答えた。

「木登りねぇ・・・」

大きな女性が少しとまどっている。

「はい、えっと、そのほかにはお裁縫が得意です」

沈黙に耐えきれずにもうひとりの女の子が言った。

「お裁縫ねぇ・・・」

大きな女性が求めている答えとは違うみたいだけど、もうひとりの女の子は気づいてないみたい。

「えと、えと。あとは・・・」

「じゃあ、質問を変えるよ。あんたはどうしてうちの店で働こうと思ったんだい?」

「それはですね・・・。あっ、こういう場面では、やっぱりホントのことを言った方がいいでしょうか?」

「バイトの面接でウソをつくのはルール違反だよ。とびっきり楽しいウソをついてあたしを笑わせてくれるんだったら話は別さ。どうする?」

「えと、店長さんを笑わせることができる自信はないんでホントのことを言うことにします」

「・・・そうかい」

「えと、わたしはですね。むかし父と一緒にとある雑貨屋さんに迷い込んだことがあるんです。まだ小学生のときだったんですけど、わたしはそのお店が大好きになってしまって。薄暗い店内は占いの館みたいな不思議な空間で。そのわりには扱っている商品がファンシーだったりして。統一感があるようでないけど微妙なバランスを維持されてるお店が気になってしまいまして。ときどき父に車で連れていってもらってたんですけど、あるときに行ったらお店がなくなってまして、とても悲しかったんです」

「ふうん。それがうちの店と、どう関係してくるんだい?」

「そうですよね・・・。たぶん違うんだと思うんですけど、なんとなくですね、店長さんのお店があのときのわたしが好きだった店に似てる気がするんです。だからわたしはこのお店の一員として働きたいなと、働くんだと決めたんですっ!」

キラーンって効果音が聞こえそうな熱気。頼りなさそうに見える女の子だけど芯は強いのかもしれない。

体の大きな店長は腕組みをほどいてタバコに火をつけ始めた。うちもこのタイミングでアイスコーヒーをひとくち飲もう。

「吸ってもいいかい?」店長が確認した。

「う~ん、どうかな」

「1本くらいいいだろ?」

「う~ん、1本ならいいかな」

店長はタバコをくわえて火をつけた。誰にもぶつからない位置に煙を吐き出すと少し縮んだようにも見える。

「あんたの好きだった店のこと、もう少し聞かせてくれるかい?」

「はい。えと、長くなっても大丈夫ですか。このあとのお時間とか」

「気にしなくていい。どうせこの時期はヒマなんだから」

「じゃあ、遠慮なくいきますよー」

女の子は自分の好きだったお店のことをしゃべりはじめた。どんな商品が並んでいてどんな音楽が聞こえてどんな匂いがしたのか。まったく知らないうちにも感じれるくらいの熱気を持って話している。目の前に座っている人物が自分の未来の決定権を握っていることなんて頭からすっかりと忘れて、ただただ自分が好きなことを話している。

うちはコーヒーを一気に飲んでレジへ向かった。たぶん、ふたりにはうちの存在が見えてない。盗み聞くにはもったいないレベルの熱意やから、ここはおとなしく退散しよう。

「450円です」

「はい、おつりはええよ」

「いつもありがとうございます」

「たった50円やん、気にせんといて。せやけど、いつの間に持ってきたのかまったく気づかんかったわ。あんた、何者なん?」

「私はただのウエイターですよ」

「ふうん。まあええわ。あの子、面接に受かるとええな」

「そうですね」

「ごちそうさんっ」

「ありがとうございました」

うちは喫茶店を出て歩いていく。思ったよりも時間があまってしもたから、次はどこに行こうかな。なんかわからへんけど、自分の合否よりも初対面のあの子の面接の方が気になるわ。

「せや、うちは忍者の末裔から体のデカイおばはんの店に忍び込むっちゅうのもおもろいな」

うちのデッカイ独りごとを聞いたカラスがゴミ箱を漁るのをやめて飛んでいきよった。

「でもなぁ」

うちは冷静に考える。

「時給やっすいのだけは、イヤやで」




おしまい




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