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【おはなし】 フライパンと切り株

石の国を出発して、火の国を通過し、土の国へとたどり着いた修理屋のサンカクは、教会までもう少しのところまで歩いてきた。

ヒュー てけっ ♪

サンカクの足元に不時着したのは、紙飛行機だった。

「おじちゃん、それ、ぼくの」

半ズボンを履いた小学生くらいの男の子がサンカクが拾い上げた紙飛行機を返して欲しそうに見つめている。

「こいつは、坊やが作ったのかい?」

「うん、そうだよ」

「ちょいと改造しても構わないかね?」

「やだよ。せっかく作ったんだから」

「そうか・・・」

サンカクから無理やり紙飛行機を奪い返した男の子は、教会に向かって走って逃げて行った。

「う~ん、怖がらせちまったかな」

頭をぽりぽりとかきながらサンカクはため息をひとつこぼしてから歩き始めた。

教会の近くまで歩いてくると子供たちが遊んでいる姿が見えてきた。まるく円形に開けた広場は、子供たちが遊び回る公園になっている。

ゴムボールを投げて遊んでいるのは男の子たち。女の子たちはかくれんぼをしたり教会の中で静かにお絵描きをしている。

前回にサンカクが来たときには、もう少し子供が多くいたように感じたのは気のせいだろうか。

教会の敷地の入り口に廃材を使って簡易的な門が作られたのは遠い昔のこと。今では老朽化しているが「ここの中は子供たちの専用空間だよ」という暗黙のルール、目印としての門が今も設置されている。

サンカクは門を開けて子供たちの世界に入っていく。いちいち門を通らなくても、そのまわりから中に入ることができるのだけど、サンカクは律儀に門から中に入っていく。

さっき見かけた紙飛行機の少年は、きっと、門を使わない。

遊びに夢中になっている子供たちの脇を通り過ぎて教会の中に入っていくと、シスターと目が合った。

「わぁ、サンカクさんじゃないですか。おひさしぶりです」

20代半ばくらいに見える女性がサンカクの近くまでかけよってきた。

「わっ」

床につまづいて転びそうになったシスターをサンカクは両手で受け止めた。

「ふ~、助かったぁ」

「あいかわらず、おてんばなこったな」

「へへっ、それだけが取り柄ですから」

サンカクから体を離すとシスターはスカートの裾を伸ばして立ち上がった。

「ようこそ、森の教会へ。サンカクさん、本日はどんなご用件ですか?」

「ああ、こいつを遊び道具として持ってきたんだ」

サンカクはズックの中からフライパンを取り出すと、教会の窓から差し込む灯りにフライパンをかざした。

「どうだい、いい具合のおもちゃになりそうだろ? 特に外れかけてる持ち手のところが最高じゃねえか」

「むむむっ。これは、店長のお店からパクってきたんですね?」

「ちょいと借りてきただけだ」

「もおーっ。見つかったら、わたしが店長に怒られるんですからね」

「懐かしい風景じゃねえか」

「そうですけど。ここではわたしは立派なシスターなんですから」

「そうだったな。ところで子供たちの人数が減ったんじゃねえか?」

「ええ、小学生の高学年になると卒園ですから。今頃は自分達で遊んでるんじゃないですかね」

「そうか。今は何人いてるんだい?」

「ぜんぶで12人です」

「そうか。フライパンひとつじゃおもちゃの数が足りねえな」

「でもまあ、ここの子供たちは森全体がおもちゃみたいなものですから。問題なしです」

「それならいいんだ」

サンカクとシスターが話し込んでいると、オルガンが「ジャーン」と鳴った。

「もおっ。ちすたーは、あたちとおままごとちてるんだから、ぢゃまちないで!」

「こりゃあ悪かったね、おじょうちゃん。さっ、続きをしておくれ」

「サンカクさんもご一緒に遊びましょうよ」とシスターが誘ってくれたのだがサンカクは「おままごとは苦手でね」と女の子に右手を振って教会の外に出て行った。

教会の外に出て改めて遊び回っている子供たちを眺めてみると、どうやって12人もの子供たちの面倒をシスターひとりでみているのか不思議になり始めてきた。

「こんにちは、サンカクさん」

遊び回っている子供たちよりは少し大人に見える少年がサンカクにあいさつをした。

「こんにちは。たしか、あんたは見たことある気がするぞい」

「ええ、ここのOBです」

「そうかい。随分と大きくなったんじゃねえか?」

「これでもまだ背が低い方ですけど、ここの子供たちに比べると大人かもしれませんね」

「あんたはここで何をしてるんだい?」

「ぼくはシスターのお手伝いですよ。それと、弟がいてるんで帰りは一緒に帰ろうと思いまして、こうしてここで過ごしているんです」

「そりゃいいわな。シスターはおっちょこちょいだもんな」

「そうなんですよ。でも不思議ですよね。頼りなさそうに見えるんですけど、なんとなく心が穏やかになるというか・・・」

「好きなのかい?」

「いえ、そういうわけではないと思うんですけど・・・」

「まだあんたには早かったかもな」

サンカクはふと目の前の少年がなにか悩み事を抱えているように感じた。だけどそれを本人に伝えるのは違う気がしてなにも言わないことにした。そのかわり、少年を遊びに誘った。

「あんた確か、将棋がうまかったよな」

「それほどでもないですけど、好きですよ」

「じゃあ、対決といこうか」

サンカクと少年は広場が見渡せる場所にある木の切り株に座ると将棋を指し始めた。

「ハンデが必要かね?」とサンカク。

「いえ。ぼくには必要ありません」と少年。

将棋を始めたふたりのまわりに子供たちがぽつぽつと集まり始めた。その中には少年の弟も混じっていた。

「にいちゃん、がんばれー」

「おー。今日こそサンカクさんに勝つんだ」

(ちょっくら手を抜いてやろうかね。おとうとの前だしな。だけど、あからさまに手を抜くと少年に失礼になるわな。微妙に負けるっちゅうのは一番難しいんだわな)

サンカクはどうやって目の前の少年に華を持たせてやろうかと思案しながら将棋を指していく。

パチン

パチン

パチン

パチン

「・・・参りました」

頭を下げた少年を弟が残念そうに見つめている。

「しまった、勝っちまった」

うまく負けてやろうと思っていたのに勝負事となると最後は真剣に将棋を指してしまったサンカクは、少し気まずそうに頭をぽりぽりとかいた。

「アドバイスをお願いします」

少年は勝負に負けたことよりも、さらなる成長を目指してサンカクの目を強く見つめた。

「そうだな・・・」

サンカクはなにかいいことを言ってあげようと考えているのだけど、おもいつかないので思ったことをそのまま伝えることにした。

「前回の勝負と比べるとな、桂馬の使い方がうまくなったな」

「ありがとうございます。ほかには?」

「そうだな・・・。考える時間が長くなった」

「それはいいことなんでしょうか?」

「相手の先の手を読みながらコマを動かすのは悪いことじゃない。でもな、最後の決断をするのは、案外そのときの気分だったりするもんだ」

「直感に従えということでしょうか」

「ときにはな。毎度まいど直感に頼りすぎると、シスターみたいになっちまうけどな」

「にいちゃん。シスター好きなの?」

「好きじゃないよ」

「じゃあ、嫌いなの?」

「嫌いなわけないだろ」

「でも、シスターと結婚するのは、ぼくだからね」

「なんだ、おとうとくん。あんたはシスターが好きなのかい?」

「うん、だーいすき」

「そりゃいいわな。大人になるのが楽しみだな」

「うん。ぼくはいっぱい遊んで大きなオトナになるんだ」




ぐぅ〜 ♪

帰りの汽車の中でサンカクのお腹が鳴った。

ズックの中からカチカチのパンを取り出したサンカクは、中に入れてきた手紙の存在を思い出した。

「そうだ、みんなで遊べるおもちゃのアイデアを探していたんだっけな」

ようやく工房から出かけた理由を思い出したサンカクは、「まっ、あとはひとりで考えてみるか」と固いパンをかじるのであった。




おしまい。




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