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【おはなし】 カレーと珈琲①

カレーを食べるとコーヒーが飲みたくなる。

だけど、コーヒーを飲んだからといって、カレーを食べたくなるわけじゃない。ふたつの間には大きな隔たりがある。

めずらしく朝ごはんにカレーを食べたので、僕はコーヒーが飲みたくなっている。会社に向かう時間だけど、ちょっとくらいは大丈夫だろう。

このカレーは、昨日の昼間に僕を訪ねてきた客人が作ってくれた。テーブルの上には「カレーつくりました」とメモ書きが残されていた。



昨日の僕は朝から出かけていた。レンタカーを借りて他府県まで行き、手頃な場所を見つけて取材の交渉をしていたのだ。僕には誰にも言えない壮大な夢があるので、その調査のために向かっていた。

お米をつくっている農家さんや、トマトやキュウリをつくっている農家さんが暮らしている地域。空気がひんやりとして、人々はゆっくりと歩いていた。

僕は少し離れた場所から見学をさせてもらった。どんな風に野菜の手入れをするのか、どんな風に次の季節に向けての準備をするのかを学んでいた。

しばらく見学をしてると、トマトをつくっている農家のおばさんがお茶を入れてくれた。

「野菜ってね、見た目が綺麗な物しか買い取ってもらえないのよ。ちょっとでも傷があるとダメなのね。わたしらからすると、へこんでいても味は美味しいのにね」

僕は売り物にならない野菜を安い値段で買い取らせてもらった。1人暮らしだからそんなに必要ないのに、おばさんはたくさんの野菜を大きなビニール袋に入れてくれた。

「な〜んにもないところだけど、また来てね」

僕はおばさんにお礼を言って車を走らせた。



夜、家に帰るとカレーのいい匂いが僕を出迎えてくれた。もう少し僕が早く帰ってきたら、ナスとトマトもカレーに入ったかもしれない。

僕はお風呂に入って汗を流すと、冷蔵庫からビールを取り出してひとくち飲んだ。まだ温かいカレーをお皿によそって、もらってきたトマトとキュウリと一緒に食べよう。

野菜をひとくち食べて、カレーをひとくち食べる。そしてビールを飲む。もう少し辛くても平気だけど、これはこれで僕の好みの味だ。

新聞を読みながら食事をしていると、だんだんと眠たくなってきた。朝から出かけていたのが自分で思ってるよりも疲労として蓄積されている。

僕はお皿とスプーンとグラスを冷蔵庫に放り込むと、布団に潜り込んで朝まで眠った。



翌朝、テーブルの上のメモを見て、朝ごはんにカレーを食べることにした。

食パンが残っていたのでトースターで軽く焼いて、カレーを乗せて食べていく。冷蔵庫の奥にはお皿に盛り付けられた野菜サラダが入っていたので一緒に食べた。

カレーを食べ終えるとコーヒーを飲みたくなる。

出勤時間が迫っているけど、コーヒーを飲むくらいの時間は部長が許してくれるだろう。昨日もらった野菜を持っていけば感謝さえしてくれるだろう。

僕はお湯が沸くまでの間にさっと洗い物を済ませてテーブルの上を綺麗に拭いた。

ところで、このメモには差出人の名前がない。いったい誰なんだろう。元カノかな、元々カノかな。もしかして、先カノか先々カノかも。

僕のアパートは玄関の鍵が壊れているから、いつでも誰でも入れる仕組みになっているのだ。

「カレーごちそうさまでした!」

僕は大きな声でお礼を叫んだ。



②につづくよ