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【おはなし】 ねこにエサをあげないでください

西側と東側を結ぶ大きな橋の下でサンカクは考え込んでいる。金網のフェンスで囲われた入り口には「関係者以外立ち入り禁止」の看板があり、その奥には古い機材が放置されている。

「うーむ、あの廃材が俺を呼んでいる気がする」

橋が建築されていたときに使われた機材だろうか。災害が起きたらにすぐに対処できるようにこの場に残されているのだろうか。今では人間の身長よりも伸びている草花にまじり砂埃までもが覆い被さっている鉄くずを見つめながらサンカクはそんなことを考えている。

「しかしなぁ」

目の前にある禁止看板を無視してまで中に入っていくのはどうだろうか。勝手に持ち出す勇気はあるが軍隊に通報されると困ったことになりそうだ。

「しかしなぁ」

目の前にある鉄くずの中から自分好みの品を持ち帰りたい衝動をサンカクは抑えることが難しくなってきた。

「もうすこし、日が暮れてからにするか」

暗闇に紛れて進入することに決めたサンカクは、ここから一番近い酒場に向かった。



店の入り口で掃き掃除をしている主人にあいさつをしてサンカクは酒場の中に入っていく。照明がところどころ消えている店の中。端っこのカウンター席に座るとサンカクはラジオに耳を澄ませた。

近頃では警備隊がこの地域を巡回しながら反乱分子の炙り出しに精を出している。あやしい行動をしている者を見かけたら有無を言わせず連行するなどの暴れっぷりを発揮している一部の警備隊がいるのでサンカクとしては注意を怠れない。

そんな強張こわばった気持ちを溶かすかのように、ラジオからは害のないポップソングが店内に広がっていく。

「掃除が終わったら酒をくれ!」

サンカクは室内のテーブルを拭いている青年に向かってさけんだ。

「まだ掃除中なんだけどな・・・」

主人に雇われている青年はぶつぶつ言いながら、それでも酒を作るためにカウンターの中に入ると「いつものでよろしいのですか?」とサンカクに訪ねて返事を待つことなくグラスに酒を注いだ。

「どうぞ」

「おお、ありがてえ」

銘柄をいわなくても自分好みの酒が提供されることにサンカクは喜びを隠せない。無理に隠す必要もないのだが、なるべく笑顔を見せないよう努めているサンカクには難しいことなのだ。

「どうも」

青年はサンカクのお礼を受け取ると、テーブルの拭き掃除に戻っていった。

ひとりになったサンカクは、ズックの中から紙とえんぴつを取り出して侵入計画を練り始めた。といっても今回はサンカクの単独行動なので計画もなにもないのだけど、事前準備がなによりも大切だと考えるサンカクには外すことのできない手順なのだ。

紙の真ん中に四角い図形を描く。ここはフェンスの中の空間。外から中を見ることはできたが全体像は把握できていないブラックボックス。

紙の上部に左右に伸びた橋を描く。ここは西と東を結ぶ運搬橋。物資を運搬するドライバーがスピードを上げて駆け抜けていくエリア。

彼らは過ぎ去っていく景色になど興味を示さない。雇い主の言いつけ通りに定刻に合わせて物資を運ぶことにのみ集中しているプロフェッショナル軍団。

「問題は、ここだな」

えんぴつで描いた四角い空間の両サイド、左右の余白部分をにらみながらサンカクはつぶやいた。

「誰かに見られるのが一番マズイ」

透明人間にでもならない限り自分の存在を消すことは難しいことをサンカクはもちろん知っている。なにかしらの手段が必要だ。

「要は不審者に見えなければいいんだ。となると、誰かに見られたとしても空気の一部に見えるなにかをしている人物を演じることだな」

サンカクの作戦は決まった。ある人物に変装して堂々と正面から入るのだ。

「おやじ、いつものアレは届いているか?」

作戦が決まったサンカクは、明るくなった店内でグラスを磨いている主人に訪ねた。

「ああ、昨夜の便で受け取ったよ」

主人は酒瓶の並んでいる棚の引き出しを開けた。中からアルミ缶を取り出すと、サンカクの目の前に置いた。

「いくつ必要なんだい?」

「そうだな、念のため、5つほどもらおうか」

「じゃあ、酒の代金と一緒に付けておくよ」

「いつもありがてえ。次に大きな依頼が入ったら支払いにくるぜ」

「いいさ、いいさ。気にすることはない」

「恩に着る」

サンカクは主人に頭を下げると、アルミ缶をズックの中に乱暴に入れた。

「もしも、人手が必要なんだったら・・・」

主人は入り口付近の窓を磨いている青年に視線を向けた。

「うちの若いのを使ってくれてもいいよ」

「そいつはありがてえ。だが、今回は1人で大丈夫だろう」

「なにかあればいつでも言っておくれよ」

「ありがてえ」

サンカクは酒を飲み干すと、ズックを肩に背負って目的地へ向かった。



日が暮れ始めた空は、青と赤がところどころで混じり合い、薄い紫色のベールで包まれている。

すれ違う人々は、仕事を終えて帰宅する者、または寄り道をして時間をやり繰りする者、または疲れ果てて足元を見ながら機械的に歩いていく。彼らに混じりながらサンカクは、興奮する心を落ち着かせることに意識を集中しながら歩く。

「あの空間の中には、俺を呼んでいるなにかがある」

なによりも直感を信じる男は、ズックの中でカチャカチャと音を立てながら擦れ合うアルミ缶の重みを愛おしく想う。そして、もしかしたらあの空間の中で腹を空かせて自分を待っている愛おしい存在たちのことを想う。

「お客さーん」

歩いているサンカクの後ろから誰かの叫び声が聞こえた。

サンカクに追いついた酒場の青年は、缶切りを手渡すと、駆け足で店に戻って行った。




おしまい




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