【おはなし】 少年とカート
図書館でショッピングカートを使っているお客さんを見かけた。
若いママさん風のお客さんは、カートの上段に絵本などの大きな読み物をたくさん乗せて本を選んでいる。紙はたくさん集まると予想のほか重たく感じてしまうものだから、なるほど、ショッピングカートを使うと便利なのか。
両手にどっさりと本を持ってしまうと、どこかに本を置かないとページをめくることができないもんね。
ふむふむ。
楽しそうだからボクも使ってみようかな。
ショッピングカートの置き場所を探していると、入り口の横っちょに置いてあるのを見つけた。カートに手を伸ばすと、スタッフの女性に声をかけられた。
「お客さま、そちらのカートはご予約が入っておりますので、申し訳ございませんが、ご遠慮いただいております」
「あ、そうなんですね。じゃあ、ボクはなくても平気です」
「恐れ入ります」
ふうん、予約とかあるんだ。
我が子にたくさんの絵本を持って帰りたいお母さんたちが優先的に使っているのかな。カートの数には限りがあるし、ボクには子供もいないし、特に残念な気持ちになることもなくあっさりと諦めることができた。
館内を歩きながら本を選んでいると、ショッピングカートをテーブルにしている男の子を見つけた。
小学生の低学年くらいに見える背丈の彼は、カートの上段に読みたい本をたくさん置き、下段にリュックサックを乗せて椅子に座って本を読んでいる。ときどき何かが閃くと、上段に置いてあるノートにえんぴつでメモ書きを残している。
椅子とテーブルがセットになっている閲覧席だとそんなことをしなくても書き物ができるけど、ここは椅子だけしか置いてない場所だから、カートをテーブル代わりに使っているのは、なかなかのアイデアマンだ。
どんな本を読んでいるのだろう。
気になったボクは、こっそり男の子が読んでいる本の表紙を確認した。
男の子は、ドラえもんを読んでいた。
なるほど。
ドラえもんとショッピングカートが組み合わさると、未来の便利アイテムに見えてしまうから不思議だ。
少し離れた場所から男の子を観察していると、ボクは彼がメモっているノートも覗きたくなってきた。彼の背後にまわりこむとノートになにが書いてあるのかを覗くことはできそうだけど、もしも立場が逆だったら、ボクは知らない誰かに自分のメモ書きを覗かれたくはない。
う~ん、どうしよう・・・
相手が少年じゃなくっておばさまだったり、年頃のお嬢さんだったりすると、ボクはあっさりと諦めることができるんだけど(だって変なおじさんになっちゃうからさ)、相手は少年だから許してもらえそうな気もする。
ひと声かけてノートを見せてもらうのが大人としてのマナーだけど、知らないおじさんに話しかけられると、少年の彼はビックリしちゃうだろうし、どうしよう・・・。
その場でじっとしていると他のお客さんの邪魔になりそうだから、ボクは館内を歩きながら考えることにした。
ぐる〜っと館内を一周してから戻ってくると、さっきの男の子は、ショッピングカートの下段にバスタオルを敷いて、まあるくなってお昼寝をしていた。
手荷物のリュックサックは、カートの持ち手にぶら下げている。なるほど、彼はとても頭が柔らかい。
ボクがビックリして男の子を見つめていると、館内を巡回している警備員のおじさんがやってきて、ボクに小さな声で教えてくれた。
「そちらのお子様は、この時間帯には、いないことになっておるんですわ」
「えっと、どういうことでしょう?」
「午後5時になるとチャイムが鳴りますんで、それまでは、いないことになっておるんですわ」
「へぇー・・・」
ボクは訳がわからないけれど、警備員のおじさんの仕事の邪魔をするのは失礼だから、曖昧な返事をしてその場をやり過ごしてしまった。
そうか、午後5時にチャイムが鳴るのか。
壁に取り付けてある時計を見上げると、あと10分ほどでチャイムが鳴ることが判明した。それくらいならボクは待ってみようと決めて、男の子が見える位置に移動して本を読みながら時間が過ぎていくのを待っていた。
キーン コーン カーン コーン ♫
「5時になりましたので、小さなお子様だけでお越しの小学生のみなさんは、おうちに帰る時間です。気をつけてお帰りください」
キーン コーン カーン コーン ♫
チャイムが鳴り、館内放送が、ちびっ子の帰る時間を教えてくれた。
まあるくなって眠っていた男の子はゆっくりと起き上がると、本棚から取り出した読み物を元の棚に戻して、ショッピングカートも入り口の横っちょに戻してから、リュックサックを背負って図書館から出て行った。
ボクが男の子を見つめている視界のはしっこには、さっきの警備員のおじさんが映っていた。
男の子はボクたちに見送られながら、おうちへと帰って行った。
おしまい