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合わせ鏡 | 中島敦(作)「木乃伊」(ミイラ)



はじめに


 現在、個人企画( #青ブラ文学部 )で、
#合わせ鏡 」をお題にした作品を募集しています(~2024.3.17まで)。


 このテーマを思い付いたのは、身の回りにある不思議なものってなんだろう?と考えているときでした。
 鏡なんて見馴れたものですが、小さい頃はじめて「合わせ鏡」を経験した時の記憶は、今も残っています。

 それからだいぶ時が過ぎてから、中島敦木乃伊」(『古譚』)という短編を読みましたが、その中に「#合せ鏡」という言葉が出てきます。

 面白いけれども、少し怖い話です。鏡というものは、現在の私だけでなく、過去の私をうつし出すものなのかもしれません。


中島敦「木乃伊」、最後の場面

木乃伊と対峙した場面。
(中島敦、『斗南先生   南島譚』、講談社文芸文庫、pp.143-145より)

★参考 [漢字の読み方]★
文脈から想像できるものもありますが、一応最初に読みづらい漢字の読み方をまとめておきます。

波斯(ペルシャ)
木乃伊(みいら)
曾て(かつて)
埃っぽい(ほこりっぽい)
忽然と(こつぜんと)
怯れず(おそれず)
仔細(しさい)
琥珀色(こはくいろ)
干涸らびた(ひからびた)
漸く(ようやく)
譫言(うわごと)
埃及(エジプト)


 其処で彼の過去の世の記憶はぷっつり切れている。さて、それから幾百年間の意識の闇が続いたものか、再び気がついた時は、(即ち、それは今のことだが)一人の波斯の軍人として、(波斯人としての生活を数十年送った後)己の曾ての身体の木乃伊の前に立っていたのである。

 奇怪な神秘の顕現に慄然としながら、今、彼の魂は、北国の冬の湖の氷のように極度に澄明に、極度に張りつめている。それは尚も、埋没した前世の記憶の底を凝視し続ける。其処には、深海の闇に自ら光を放つ盲魚共のように、彼の過去の世の経験の数々が音もなく眠っているのである。

 其の時、闇の底から、彼の魂の眼は、一つの奇怪な前世の己の姿を見付け出した。
 前世の自分が、或る薄暗い小室の中で、一つの木乃伊と向い合っている。おののきつつ、前世の自分は、其の木乃伊が前々世の己の身体であることを確認せねばならない。今と同じような薄暗さ、うすら冷たさ、埃っぽいにおいの中で、前世の己は、忽然と、前々世の己の生活を思出す・・・・・・

 彼はぞっとした。一体どうしたことだ。この恐ろしい一致は。怯れずに尚仔細に観るならば、前世を喚起した、その前々世の記憶の中に、恐らくは、前々々世の己の同じ姿を見るのではなかろうか。合せ鏡のように、無限に内に畳まれて行く不気味な記憶の連続が、無限に---目くるめくばかりの無限に続いているのではないか?

 パリカリスは、全身の膚に粟を生じて、逃出そうとする。しかし、彼の足は、すくんで了う。彼は、まだ木乃伊の顔から眼を離すことが出来ない。凍ったような姿勢で、琥珀色の干涸らびた身体に向い合って立っている。

 翌日、他の部隊の波斯兵がパリカリスを発見した時、彼は固く木乃伊を抱いたまま、古墳の地下室に倒れていた。介抱されて漸く息をふき返しはしたが、最早、明らかな狂気の兆候を見せて、あらぬ譫言をしゃべり出した。その言葉も、波斯語ではなくて、みんな埃及語だったということである。



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