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文章の書き方を翻訳を通して考えてみた。


はじめに


 この記事では、モーム(W.Somerset Maugham)の「劇場」(Theatre)の序文(preface)の第一段落を翻訳してみる。日本語とは語順の異なる外国語を翻訳することは、文章の書き方を考える上で良いトレーニングになると思っている。
(⚠️テキストとして、VINTAGE CLASSICS版を用いる)

 英語が基本的「主語+動詞+目的語」(SVO)という語順であるのに対して、日本語は「主語+目的語+動詞」(SOV)という語順だから、原文通りの順番で翻訳することは不可能だが、なるべく英語の語順に逆らわないで翻訳してみたい。

 モーム「劇場」の序文は、一文一文が非常に長い。関係代名詞や挿入句、複文などが多い。構文をつかみながら読んでいきたい。

⚠️冒頭の一文には、私の直訳及び意訳を載せるが、それ以外の文には「構文」を示すにとどめる。訳文は各自検討されたし

 少し長めの記事になるが、①第一文の「直訳」と「意訳」のところだけでも読んでいただければ、幸甚である。


(1) 構文をとらえる


W.Somerset.Maugham, Thetre |  Preface


①第一文


It is not very difficult to write a preface to a book that you wrote a long time ago, for the hurrying years have made a different man of you and you can look upon it with a stranger's eyes. 


(構文)

it(仮主語)
= 「to write ~ ago」までが真主語

a preface to (a book) [that you wrote a long time ago]
→「a preface to ~」で「~への序文」「~の冒頭の言葉」の意味。
→that以下は関係代名詞(目的格)節で、先行詞「a book」を修飾する。
★「for」は「というのは」という「判断の根拠」を示す等位接続詞。


(直訳)
[構文通りの翻訳]

ずっと前に執筆した本への序文を書くことは、あまり難しいことではない。というのは、あわただしく過ぎ去る歳月はあなたを違ったものに変えるし、そしてそれ(かつて書いた本)を傍観者(見ず知らず)の人の目で見ることができるからだ。

(意訳)
[英文をいったん忘れて内容(著者の思考の流れに従いながら)を伝える翻訳]

かつて執筆した自らの本に序文を書き加えることがあるが、たいして難しいことではない。作品を書き終わった時には、気持ちがいっぱいいっぱいであり、客観的に自分の書いた作品を振り返ることは難しい。けれども、足早に過ぎ往く歳月のおかげで、私自身もどんどん変化していくものだから、かつて執筆した自分の本であっても「誰が書いた本だっけ?」みたいな気持ちに変わっていく。自分自身が執筆したものではない作品に対して「序文」を書くような気持ちになれるから、冷めた目をもって自らの著作に序文を書き加えることができる。


🙄(考察)🙄

私自身は、「序文」も「本文」も同じ作者が書くものだから、どちらにも同じ熱量が注がれていてもよいと思っている。
しかしながら、モームの考え方は私の考え方とは異なるように思える。

モームの考えでは、「本文」(本体、本論)はそれ自体で完結したものでなくてはならない、ということなのだろう。
「序文」はあくまでも序文であって、本文(本体、本論)とは別個に存在するものだという価値観をもっているから、「昔書いた本に序文を書くことは難しくない」という論理が引き出されているのではないか?

今ここで翻訳した英文自体は、さほど難しい単語は含まれていないし、頭を抱える複雑な構文が含まれているわけでもない。だから、「和訳」するだけならば、高校生でも可能だろう。しかし、「なぜ、歳月を重ねると序文を書くことが容易になるのか?」というモームの考え方を把握できないと、この文章の真意をつかむことはできないだろう。



②第二文


You see its faults, and for the reader's delectation you can recall, according to your temperament with toleration or with dismay, the defects in your character as it was then which account for the defects of your book; or you can look back, maybe with the pleasure which distance lends the past, upon the conditions under which you wrote; you can draw a pretty picture of your garret or dwell with modest complacency on the stiff upper lip with which you faced neglect. 


(構文)

一見すると、とても分かりにくい。無駄はないのだけれど、構文が見えにくい。
骨格だけ明確化するために、挿入句や関係代名詞節を括弧でくくれば、次のようになる。

You see its faults, and (for the reader's delectation you can recall, according to your temperament with toleration or with dismay, )the defects (in your character as it was then)[ which account for the defects of your book]; or you can look back(, maybe with the pleasure [which distance lends the past], )upon the conditions [under which you wrote]; you can draw a pretty picture (of your garret) or dwell (with modest complacency )on the stiff upper lip [with which you faced neglect]. 

(     )や[      ]でくくったところを省略すると次のようになる。

You can see its faults and the defects; or you can look back upon the conditions; you can draw a pretty picture or dwell on the stiff upper lip



③第三文


But when, in order to tempt a reader to buy a book that has no longer the merit of novelty, you set about writing a preface to a work of fiction that you composed no more than two or three years back, it is none too easy to find anything that you want to say, for you have said in your book all you have to say upon the theme with which it deals and having done so have never given it another thought. 


(構文)

But when(, in order to tempt a reader to buy a book that has no longer the merit of novelty, )you set about writing a preface (to a work of fiction [that you composed no more than two or three years back]), it is none too easy to find anything (that you want to say), for you have said (in your book) all (you have to say upon the theme [with which it deals]) and (having done so) have never given it another thought.

→関係代名詞節、挿入句を省略すれば、次のようになる。

But when you set about writing a preface, it is none too easy to find anything, for you have said all and (you) have never given it another thought

けれども、序文を書く段階になると、書くことを見つけるのが難しい。というのは、(本文中で)すべて言いたいことは言い尽くしているし、それを再検討などしたことがないからだ。


④第四文


As nothing is more dead than a love that has burnt itself out, so no subject is less interesting to an author than one upon which he has said his say. 

(構文)

As~, so~.」という相関語句に注意。
「~であるのと同様に、~も…である。」


⑤第五文


Of course you can quarrel with your reviewers, but there is little point in that; what such and such a critic thought of a novel that he read the year before last can only matter to an author of his susceptibility is really too tender for the rough and tumble of this queer world; the critic has long forgotten both the book and his criticism, and the generality of readers never trouble their heads with criticism anyhow. 


(構文)


Of course ~, but…(もちろん~である、だが…)


「what such and such a critic thought of a novel that he read the year before last」が頭でっかちの主語。
「どこかの誰某という批評家が一昨年前に読んだ小説について考えたこと」の意味。


(2) 構文の分かりやすい文を書こう


翻訳が読みにくい原因を探る


 私はモームの文章がとても好きだ。何冊か英語で作品を読んでいる。非常に構文がしっかりしていて、読んでいて心地がよい。
 しかし、いざ英語で書かれた文章を日本語に置き換えようとすると難渋することが多い。英文法にのっとっていれば直訳することは比較的簡単だが、分かりやすい訳文にはなりにくい。いろいろな要因があると思うが、思い当たる原因を考えてみたい。


①文法(語順)が異なる


 英語は基本的に「主語+動詞+α」という語順で文章が構成される。また、英語の代名詞の使い方は異なるし、関係詞(関係代名詞、関係副詞)などは一般的に修飾する語句(先行詞)のあとに置かれる。

 そうすると、英語の原文では近接している言葉が、日本語になおすと遠く離れてしまうといったようなことが起こる。それゆえに、そのまま邦訳しようとすると、英語のリズムを壊してしまうということが起こる。


②書かれていない前提条件を把握するのが難しい


 さきほどの文章で言えば、モームには、「序文というものは作品を書き上げたあとに書くものである」という暗黙の前提があった。

 序文というものは、当然のことながら「本論」の前に添えられるものだから、本を執筆しない読者が「『序文→本論→後書き』の順番に書かれるものだ」と思い込んでいれば、モームの「前書きは後になってからのほうが書きやすい」という言葉の真意を最初から把握することは難しいだろう。

 こういったことは、英語を読む時だけでなく、他人の文章を読む時には起こりうる現象である。

 筆者の前提とする考え方とそれを読む読者の前提との間に齟齬があるとすれば、読者は筆者の主張を曲解したり誤解したりすることになる。

 こういった齟齬を少なくするためにはどうしたらよいだろうか?


むすび | 前提条件が人それぞれ異なることを意識しよう!


 SNSに文章を書くときに留意したいことを箇条書きに書いてみる。


  • 自分の前提条件は読者の前提条件と合致しているだろうか?、ということを考えてみる。普段自分の文章を読んでいる読者だけでなく、初めて読む人にも自分の前提条件が伝わるかどうか?

  • 他人の文章を読む時も同様である。自分の前提条件をいったんエポケーしてみる。文章には現れていない筆者の前提条件に添って本文を読む。

  • 文章の骨格(構文)が分かりやすいかどうか?

  • いちばん伝えたいメッセージが読者に分かりやすいように書くことを意識してみる。

  • 自分のメッセージを直接的に伝えたいのか、それとも「示唆する」にとどめておきたいのかどうか?

  • 直接的にメッセージを誰に伝えたいのか?自分と同じ前提をもつ人に分かってもらいたいのか、それとも広くすべての人に理解してもらいたいのか?



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単に学習法だけを取り上げるのではなく、英語の周辺の知識と身につける方法を考えます。また英語を学ぶ意義について、時折振り返ります。

文法をイメージでとらえること、文学の英語など。大人の学び直しの英語教科書。 エッセイも多く含みます。初級者から上級者まで、英語が好きな人が…

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