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短編 | 雪化粧の日に

 雪化粧は久しぶりだった。突然の雪で足はびしょ濡れ。目の前には喫茶店があった。そこで少し暖まることにした。

 店に着いて中に入ると、けっこう混雑していた。

「こちらの席へどうぞ」

 すでに若い男性が1人ですわっている席へ案内された。この店のマスターは人を見ていないのだろうか?

「あの~、相席ってことでしょうか?」と尋ねようとしたときには、もうマスターはいなかった。

「すみません。相席してもよろしいでしょうか?」と私は男性に尋ねた。

「はい、どうぞ」
こちらを見ることもなく、雑誌に目を落としながら男性は答えた。

「あの、注文はどうしたらいいのでしょう?」と恐る恐る聞くと、男性は備え付けのボタンを押した。

「たぶん、すぐにマスターが来ると思いますよ」

 しばらくすると、マスターがやって来た。

「お決まりですか?」

「キリマンジャロをお願いします」

 こちらの返事を聞こえたのかどうか分からぬまま、マスターは立ち去った。

「お嬢さん、このお店ははじめてかい?」
男性は雑誌から私に視線をうつした。

「はい、突然雪が降ったもので、少し暖まりたくて」

「そっか。ここのマスターは人を見ていない。私たちが待ち合わせでもしてると勘違いしたのでしょう。じゃあ、私はこれで失礼します。ごゆっくり」


 一週間後、私はまた同じ喫茶店にいた。前回、お会計をしようとしたら、相席した男性が私の分も支払ってくれていた。同じ曜日の同じ時間にここに来れば、あの男性に、代わりに支払っていただいたお代をお返ししたいと思ったのだ。

「マスター、今日もキリマンジャロをください」

 今日は席に案内される前に注文した。

 しばらくしてキリマンジャロが届き、あの男性がいないかと、辺りをキョロキョロしてみたが、今日はいないらしかった。そろそろ帰ろうとしたとき、あの男性が店内にやって来た。

 あわてて男性のもとへ駆け寄ったが、男性はマスターに案内された奥の部屋へと消えていった。

 この店のマスターは人を見ていない。

「あの、あの男性と相席したいのですが」と私はマスターに言った。

「お知り合いですか?」

「いえ、知り合いというわけではないのですが」

「他に席が空いていますからね。それは出来ませんね」

 私は仕方なく、店の外で、男性が出て来るのを待つことにした。

 小一時間経っただろうか?やっと男性が出てきた。

「あの~」

 男性はチラッとこちらを見ると、少し驚いた様子で私を見た。

「あ、先週相席したお嬢さんかな?」

「はい、そうです。この前はお代を払っていただき、ありがとうございました。そのときのお代を支払おうと思いまして」

「そうですか。この店のマスターは人を見ていませんからね。あなたと私を知り合いだと思ったみたいで。二人分のお代を請求されて、『えっ?』って思ったんですけどね。まぁ、何かのご縁かと思ってお支払いしたんですよ」


 不思議な出会いだった。しかし、いろいろお話しているうちに意気投合して、私たちは毎週、あの喫茶店で同じ曜日の同じ時間に逢瀬を重ねることになった。

 あの雪化粧の日から、私たちは毎週欠かさず、この喫茶店で会い続けている。この場所以外の場所で出会うことはなかったが、いつの間にか恋してる自分に気がついた。

「お嬢さん、実は来月、転勤することになった。来週が君に会える最後になるだろう。本当にありがとう。荒んでいた一年前のあの日、君のように癒してくれる人に出会えて本当に良かった。感謝しているよ」

「あ、あの…」

「な~に?」

「わ、私、好きなんです。あなたのことが…」

 結局その日は、いつも通り「じゃあ、また来週会おう!来週会えたら、その時に…」という彼の言葉で締め括られた。


 今週の1週間は今までに味わったことがないほど、そわそわしながら過ごした。

 今日はいつもより早く店にやって来た。マスターは相変わらず、人を見ていない。見知らぬ男性と相席することになった。

「失礼いたします」

 男性は雑誌を見たまま何も言わない。まるで一年前のあの人のようだ。


 いつもの時間になった。あの人はやって来ない。無駄だと思ったが、あの人は来ていないか尋ねることにした。

「えっ?誰のことかな?」
マスターはホントに人のことを見ていない。

「1年前からいつも私と相席している男性ですよ」

 それでもマスターはピンと来ない様子だった。

「いや~、わかりませんなぁ。お客様はどの方もお客様ですからねぇ」


 結局、私はその日、彼に出会うことはなかった。

 「私のこと好き?」という質問に対する答えは分からぬまま現在にいたっている。もしかしたら、という期待感を持ちつつ、未だに、同じ曜日、同じ時間にこの店へやって来る日々がつづく。

 この店のマスターは、相変わらず人を見ていない。



(おしまい)


中島みゆきさんの次の曲(↓)にヒントを得たカバー小説になります。



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