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旅のはじまり


みなさん、いかがお過ごしですか。
私は毎日コナンをせっせと観る日々を送っています。

見始めて1年半ほど、やっと800話到達(聞いてない)


さて本題です。(早い)(回収下手か)
私自身、元より考えこんでしまう性格であるのは間違いないのだが、このご時世、自粛という時間は私の内省レベルを5にあげた。
つまりはかなりの緊急事態。そう。

これは事件!!!!!


実は今、とても自分がわからない。

あんなことやこんなこと、やりたいことはたくさん(リストによると109も)あるし、仕事でもやりたかったことが少しずつできてきている。
つまり、とても人にも環境にも恵まれていて、充実している。
しかしそれはあくまで「外側」の自分だ。

私は一体誰なのか。
私は何をもって私と言えるのか。
私が私である意味はなんなのか。

そう、今わからないのは「内側」の自分。
アイデンティティの迷走。喪失。─────


こんな時が来るのは、なんとなくわかっていた。
だって私は他人と関わり、自他と向き合うことでアイデンティティの一端を築く時期とされるティーンエイジャーの頃、「逃げること」に必死だったのだ。

自転車飛ばして隣町に行って公園で野宿もしたし、学校もたくさん休んだ。
学校に行くまでの交通費すらなくてバイトするも見つかっては辞め、携帯がなくて買ったタブレットは寝てる間にどこかに消えて高校の3年間で5回は買いなおしている(これでめげない心が育ったよ!やったね!)
ここに書けないこともたくさんある。
消えたものは数知れず、痛い思いもたくさんし、いろんな人に迷惑をかけ、いろんな人を失った。

それでもまだこうして生きていられるのは、逃げることができていたから。
手を差し伸べてくれる人がいたから。

逃げることすらできていなかったら、きっと死のうとしたあの日にとっくに死んで、今、この世にはいない。

どうやらそんな学生時代の記憶のほとんどはパンドラの箱に閉じ込めたようで、
先日友達から私が高校でその友達と一緒に写真部にいたという衝撃の事実を知らされた。びっくり仰天。
ついでに最近文化祭で何をやったか、というのを思い出す機会があったけど、何一つ覚えてなかった。

私何やったんだろう。え、生きてた?????
私のこと記憶にある人がいたらどんなだったか教えてください。笑
私はほとんど私を覚えていません。
(ただ嫌なやつだったことは間違いない)

これまで学生時代は嫌な大人たちから逃げることに必死なだったなあとぼんやり思っていたが、
それによって自分自身からも逃げ続けていたんだなあということに気づいた。やっと。

ずっと向き合ってそれなりに考えてきたつもりではあったけれど、
今までの向き合いで得たものは自分から外に向かう矢印の整理整頓だったように感じる。

もちろんそれもすごく大切で有意義な時間だった。
そのおかげで「やりたいこと」に対して、日々「やるべきこと」の選択には困ることが少なくなった。

つい最近まで、それさえできれば穏やかに
どうも違ったらしい。

建物の建設計画はばっちりたてたけど、その地盤である「私自身の歪み」で建設途中の建物は今にも崩れそう。
このままいくと豊洲市場まっしぐら。今にも「容疑者か京極真」事件が起こる。

………ちょっと既に死にかけ。
今気がついてよかった。



それから、自分探しをはじめてみた。
幸いにも緊急事態宣言下、時間はある。

自分が好きなもの、嫌いなこと、言葉や思考、セクシャリティ………
毎日のほんの些細なことから人としての根源的な欲求の部分まで、あらゆる面でアイデンティティを探ってみている。

まだはじめて約1ヶ月だけど、わかったこと。

これ、めっっっっちゃつかれる(そりゃそうだ)

なんてったって私にとってのわからないという感情は、死に相当するといっても過言ではない。

昔からわからないといえば、自分で調べろと言われ、
自分で調べても分からないで人に聞けば、
そんなこともわからんのか、考えればわかるだろ、
質問していいよって言ってくれたから聞いたのに、
そんなのは自分で考えろ、
みたいな感じだった。

あれ、今質問していいっていったよね?あれれ〜〜??おっかしいぞ〜〜???(cv.コナン)

多分疑問に寄り添ってくれた人もたくさんいただろう。
博物館や美術館にもよく連れて行ってもらった。
ただこちらの記憶しかないということはつまりはそういうことだ。

おかげで無意識の中に「わからないと嫌われる、怖いことがおこる=死!」といういかにもインチキな、とんだパチコキ回路が出来上がってしまったようだ。
そしてさらに脳はバカなので成長と共にこれを捨てるどころか補強してしまうらしい。嗚呼………

そんなことない、ないはずだ、とわかってるのに
脳がわかってくれない、という感じ。(語彙力)

おかげで海外にふらっと1人旅できるくらいに自己解決能力?は高め。

ただしかしBut。一人でできる範囲には限界がある。
というより社会に放り出され、ひとりの力に限界があることをそこで初めて知った。(遅い)
17の頃は大人になればなんでもできると思ったのに……

そうなると人に頼る必要が出てくるんだけど、ここまで強い意志でもって1人で生きてやる!!!と息巻いていた私は、困った時の頼り方などわからない。わかるはずものない。
これこそ学校で教えてほしいことランキングトップ10入りする内容だ。
今でもたまに誰かとご飯に行って、手の届かないところにあるお醤油をとってとお願いするだけでも緊張する。

んんんもうコミュニケーション!!!!!!!


コミュニケーションって自分と相手の情報交換みたいなもの。

自分のこと、自分がわからないことを他人に知られることが怖いから
なるべく自分を悟られないように気づかれないように影になろうとしてきた。
しかしこれは自分の「わからない」という心の声を置いて逃げていることにもなる。

うまいことやり過ごしているようで、逆に自分を虐待していた。し続けていた。
そうしていつの間にか自分自身もわからなくなっていったようだ。嗚呼…...



こうしてコミュ症が爆誕した。
コミュ症、って一言で便利な言葉だけど、その分レンジは広いと思っている。

そこでだ。
私の場合はこの問題に対してどうコミュ症を発揮しているのか、ちょっと真面目に考えてみるなどした。


①「わからない=死!」という脳内パチコキ回路
②「何がどうわからないかを捉えること」
③「わからないことを正確に言葉で伝えること」

が苦手で起こっているもの、と現時点では推測している。
たぶん他にも問題はあるけど一旦3つで。


① 「わからない=死」というパチコキ回路
上記参照


②「何がどうわからないかを捉えること」
→これはゆっくり考えればだいたいわかる。
帰り道歩いてる時、シャワー浴びてる時みたいなふとした時にわかることもあれば、紙に書きだしてみて考えた上でわかることもある。

ただ会話というスピーディーで流れる場において
頭の整理がつかず、自分がわからないことはわかるけど、何がわからないかわからない、という怪奇現象が頻発


③ 「わからないことを的確に言葉で伝えること」
これは②ができないとたぶん無理。
拙い言葉を繋げて相手に汲みとって、という難題を押し付けることもできるが、複雑になればなるほど大抵の人類は本質を汲み取るなんぞ器用なことはできないと気づかされた25年間だった。
うまく伝わらない=伝えることが怖くなる、の負の方程式がここで完成


といった感じだろうか。
「人に頼る」というたったひとつの動作に対して、これだけの問題が上がってくる現実。もう悲しくて涙も出ません。

しかしこのままでは息もできぬ。
なんとかせねば、と考えて結果。


パチコキ回路のせいで思考があらぬ方向に流されている〜〜どんぶらこどんぶらこ〜〜〜川に!!!ダムを作って!!!流れを!!!自由に!!!変えたい!!!YO!!!(cv.櫻井翔)

↓そのために

よくいうやつだけど「自分の心の声に耳を傾ける」癖をつける。
これ、聞こうとしないと聞こえてこないみたいで大変困ってます。どうしたらいいでしょうか?(25歳/女)
セミくらい主張してくれていいんだけどなあ。
私の場合、昔から「自分の意見を言う機会」があまりに少なかったのもあって人より小さめ、ラグ多め。
この「自分の意見を言う」というのは日常のほんのちょっとのこと、例えば「この食べ物好き」「こっちに行きたい」に始まり、環境問題や政治についての意見をするに至るまで。
だからラグを埋めるために、ひとまず疑問を感じたことがあれば小さくても何でもいいからなんか言う。しゃべる。きゅうりとか。どうでもいいことでも。
その場でどうしても言えなかったらそのままにせず後で心を整理して書き出す。

↓そのうえで

伝えるための言葉を選ぶには、
相手に合わせた言葉選びが不可欠。
そのために相手の情報を読み取る力が必要。
そこから相手に響きやすい言葉やシチュエーションを使うこと。
最適な語彙を選ぶために、自分の語彙を増やす必要もある。

といった感じに。

これは【原因論】で問題を見つめた時の推察で
【目的論】だとまた違った見方になる。
というか上の仮説が全部白紙になる。

私はいろんな角度から考えた結果、現状では【原因論】推しなので
目的論の見方はまた改めて考えるとしよう。



こんなふうに「わからない」の山を切り崩し、1つずつ向き合い、考え、潰し、書き換える。

今あげた例は氷山の一角に過ぎない。
そしてこの考えを実践し、反射で反応できるレベルにまで回路を補強していく。

終わりも正解もない問いを続けるのは、本当に疲れる。


第一、この【わからない】状態が何年続くかわからない。
一生かかるかもしれないし、かかっても分からず死ぬかもしれない。
すでに他にも分析が必要なことがたくさんあるし、1つの問題からいくつもの課題が見つかる。

途方もない作業。相当な覚悟と根気がいる。

ただ、今のままの私を、私自身が許せない。
おおよそ普通の仮面を被った、相当な欠陥人間だ。

ありのままで、とか 自己肯定感、とか簡単にいうけど、
本当にありのまま自己肯定感高めに生きれてる人は、こんなこと考えずのびのび生きれてるのよ。知らんけど。

私が今ほしいものの大半は過ぎた時の中で得られるものらしい。
ドラえもんがタイムマシンを持ってきてくれない限り根本的に解決するのは難しそうだ。いや、前前前前世からのやり直しが必要なのかも。


何をどう願ったって、生まれと育ちは変えられない。

でも、社会人になった今の私には、
ラッキーなことにそれなりに自由なお金も思考も時間も動ける身体がある。

さらにラッキーなことに脳は回路の書き換えられる。
遺伝的なものは変えられないにせよ、環境的なものは今からでも上書きができるようだ。もちろんそれには苦難が伴うが。

このまま諦めて生き続けることだってもちろんできる。
後悔だけし続けて生きていくことも。

しかし私は知ってしまったのだ。「自由」を。

まだ断片的ではあるけど、確かに「自由」を感じられる瞬間があって、
そういうとき「生きてる」ことをほんのちょっと肯定できるような気がした。

「生きてる」ことを肯定できる瞬間が今より少しでも増えていけばいい。

こんな私でも、生きてて許されるよね、と思える私になれるように。


今度こそ、私は私を置いていかない。


「私」が「私」を探しにいく長い旅。


旅はまだ始まったばかりだ─────


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