マガジンのカバー画像

羊の瞞し

42
残酷な運命に翻弄される、二世調律師の成長譚。物語はフィクションですが、楽器業界のリアルな裏話を交えながらお届けいたします。約22万文字の長編になります。
運営しているクリエイター

#詐欺

羊の瞞し あらすじと目次

羊の瞞し あらすじと目次

【目次】第1章 MELANCHOLICな羊

(1)ファミレスにて〜プロローグに代えて〜
(2)ショールームにて
(3)地獄の審問
(4)釣堀
(5)ドイツのピアノ
(6)釣果
(7)騙すこと、騙されること

◉第1章のまとめ読みはこちらから(他サイト)

第2章 NOSTALGICな羊

(1)はじまりのノクターン
(2)家族のノクターン
(3)崩れゆくノクターン
(4)凋落のノクターン
(5)

もっとみる
羊の瞞し 第1章 MELANCHOLICな羊(2)

羊の瞞し 第1章 MELANCHOLICな羊(2)

(2)ショールームにて

 松本響が勤める会社、「ピアノ専科」のショールームは、土足厳禁になっている。その為、来店した客に驚かれることも多い。確かに、ピアノのショールームとしては珍しい様式だろう。
 しかし、日本の住宅環境では、ピアノを設置する場所の殆んどが土足厳禁のはずだ。この事実を逆手に取り、「より家庭に近い環境で音を確認していただく為、敢えて土足厳禁にしている」……そう説明するように義務付け

もっとみる
羊の瞞し 第1章 MELANCHOLICな羊(3)

羊の瞞し 第1章 MELANCHOLICな羊(3)

(3)地獄の審問

「次は……草薙君だ、やってみろ」
「はい」

 草薙清暙は、ピアノ専科に入社してまだ二ヶ月にも満たない新人だ。だが、新卒という意味ではない。年齢は二十代半ばで、少し前までは他社で営業をしていた男だ。
 ピアノ専科には、調律学校からの新卒者が入社することはまずない。業界での評判が悪過ぎる為、批判を恐れた全国の調律学校は、ピアノ専科への就職斡旋を自重しているのだ。なので、現在の社員

もっとみる
羊の瞞し 第1章 MELANCHOLICな羊(4)

羊の瞞し 第1章 MELANCHOLICな羊(4)

(4)釣堀

 前日にGoogle Mapで下見した漆原宅を実際に訪れてみると、航空写真からの想像以上に、立派な大邸宅だった。門戸にある古びた厚い木製の表札には、「漆原良一」とだけ刻印されていた。事務員に貰ったデータを見ると、依頼者は六十代以上の欄にレ点が打たれている女性、漆原絹代様……おそらく、良一の妻と考えて間違いないだろう。
 アポの時間から二分過ぎるのを待ち、松本はインターフォンを鳴らした

もっとみる
羊の瞞し 第1章 MELANCHOLICな羊(5)

羊の瞞し 第1章 MELANCHOLICな羊(5)

(5)ドイツのピアノ

 まだ、内心では完全に怒りが収まっていないであろう絹代だが、表向きは、平常モードまで鎮まっているように見受けられる。基本的に、怒りを爆発させる人の方が切り替えも早いことは、経験上、確信していた。
 逆に、怒りを抑えつつ、ネチネチと陰湿に文句や不満を口にする人の方が、質が悪いのだ。幸い、絹代は典型的な前者だ。まだ不平不満は解消し切っていないだろうが、松本は、彼女のことを容易に

もっとみる
羊の瞞し 第1章 MELANCHOLICな羊(6)

羊の瞞し 第1章 MELANCHOLICな羊(6)

(6)釣果

 突然、声を荒立てた松本に、絹代は少し動揺すると同時に、松本がこのピアノのことを真剣に考えていると信じ込む様子が見て取れた。もちろん、松本はその効果を狙っていたのだが。
「でも、このピアノを貰っても、迷惑じゃないかって……」
「勘違いしないでください。酷いのはピアノじゃなくて、状態です。このピアノは、ものすごく価値のある素晴らしい楽器なんです。捨てるだなんて、そんな悲しいこと……今は

もっとみる
羊の瞞し 第1章 MELANCHOLICな羊(7)

羊の瞞し 第1章 MELANCHOLICな羊(7)

(7)騙すこと、騙されること

 ピアノ専科の事務室に戻った松本は、真っ先に社長室へ向かい、報告に上がることにした。
 榊との面会は、特にこの数ヶ月は、気分が沈み足取りも重く苦痛でしかなかった。しかし、この時ばかりは、数ヶ月ぶりに胸を張って入室出来た。もちろん、これぐらいのことで、ここ数ヶ月の目も当てられないような惨めな結果を帳消しにしてくれるほど、甘い会社ではない。それでも、今朝の叱責を糧にして

もっとみる