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ソーのnote好きな小説まとめ

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とりあえず、分野にこだわらず、好きな物を集めた
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#夏ピリカ応募

水鏡の向こう側

水鏡の向こう側



 豪雨が山間の温泉街を襲った翌日、私は大きな水溜まりの前で感嘆の声をあげた。

 剥げたオレンジ色の屋根の喫茶店は、前に大きな窪地があり、大雨が降ると、いつも直径が何メートルもの大きな水溜まりができる。

 空を見上げると綿あめのような高積雲。それは、水溜まりが作る水鏡に映り込み、店の屋根と仲良く並んで、退屈な街の景観を補ってくれる。水がそよ風に揺れ、微かに歪んだ雲と、その空とは異なる色彩は

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視線の先|#夏ピリカ応募

視線の先|#夏ピリカ応募

 山形から東京の高校に転校した初日から、僕の視線の先は彼女にあった。

 一番前の席で彼女は、僕が黒板の前で行った自己紹介には目もくれず、折り畳み式の手鏡を持ち、真剣な顔で前髪を直していた。そのことが気になって、彼女の様子を観察してみる。休み時間になる度、彼女は不器用そうに手鏡を開く。自分の顔と向き合い、たまに前髪を直す。何度か鏡の中の彼女と目が合ったような気がする。鋭い目つきで少し怖い。隣の席の

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星とハンス|#夏ピリカグランプリ

星とハンス|#夏ピリカグランプリ

ハンスはときどき、夜中に家を抜けて草原に行き、寝っ転がって星をながめるのが好きだった。

両親はハンスが幼い頃に亡くなっていた。祖父母に育てられたが、その祖父母も亡くなって数年経つ。だから、夜中に家を出て、草原で夜明かししても誰にも怒られない。「今日は冷えるな。」と、自分で自分の体のことを注意するくらいだ。

「今夜も星がきれいだ。」

昼間、大工の親方に「お前は何でそんなに不器用なんだ。」と叱ら

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