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ソーのこの優しさに憧れる

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もう届かない③【短編小説】

もう届かない③【短編小説】

洗面台で顔を洗っているとき、お兄ちゃんと後ろから声がした。

鏡越しで後ろを見ると、妹の澪が怪訝そうな顔で見ていた。

「どこか行くの?」

「買い物だよ」

「何買うの」

「・・・服」

嘘・・・と持っている手提げ鞄をワザと落とし、大袈裟に反応してみせる妹。

「何、虐め?」

「別に命令されて買ってくるわけじゃない」

「じゃあ何で急に」

「俺もお洒落くらいするさ」

「ちょっと待って。今

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もう届かない②【短編小説】

もう届かない②【短編小説】

3月9日の朝。

結局、一睡もできなかった。

頭の中は明日のことで一杯だ。
しかし同時に「何故」という疑問が消えない。

年に一度、3月9日の0時0分に電話をしよう。

卒業式に山岸からそう声をかけられたのが全ての始まりだった。

最初は、何を言っているのかが分からなかった。

だってそうだろう。
相手は学年一番の人気者。一方こちらは勉強しか取り柄がない日陰者。

高校三年間で同じクラスになった

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もう届かない①【短編小説】

もう届かない①【短編小説】

3月8日午後11時59分。

普段この時間に連絡なんて来ないが、俺は一分後に携帯が鳴ることを確信している。

ベッドの上に置いてある携帯電話を凝視する。

部屋の壁際に置いてある時計の針の進む音だけが聞こえてくる。

俺は一秒ずつ数えていた。57.58.59・・・。

3月9日午前0時に着信が来た。

携帯を取る。
ディスプレイには山岸 里桜と表示されている。

直ぐに通話ボタンを押して電話に出た

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もう届かない④【短編小説】

もう届かない④【短編小説】

3月10日。当日を迎えた。

昨日妹の澪にお勧めされた服装、そしてワックス。ばっちり決まっているはずだ。

「あれ、もう行くの?」

リビングのソファでくつろいでいる妹が、携帯を触りながら聞いてくる。

「あぁ、父さんには帰りが遅くなるかもって伝えてるから。ご飯も冷蔵庫に置いてるから温めて食べてって言っておいて」

「そんなこと私から言わなくても、お父さんもう分かってるでしょ」

携帯をテーブルに

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もう届かない⑤完【短編小説】

もう届かない⑤完【短編小説】

3月は別れの季節だと、高校生の頃の担任教師がいっていた。

3月8日。
この時期になると、少し寂しくなる。
そんな事を思いながら書斎で仕事をしていると、携帯が鳴った。

「もしもし」

『あ、お兄ちゃん、久しぶり』

久し振りに聞く妹の声は、変わらず単調だった。

『明日の日曜日、暇だよね』

「勝手に決めつけるな」

『どこか出掛けるの?』

「そんな予定はない」

『じゃあ暇でしょ。仕事も日曜

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神様どうかこれ以上は【短編小説】

人は、祈る。
どうか願い事が叶いますようにと。

「もうすぐだぞ」

時計を見ながら兄が僕に話しかけてくる。
僕はため息をつきながら兄を見た。

さっきからずっとこうだ。

テレビでは住職が除夜の鐘をついている姿が映っていた。
あと一分で年が明ける。

父はリビングの炬燵で寝ており、母は自分の部屋で布団に入っている。そして来年から社会人になる兄は年が明けるのを今年も待っている。
我が家の年末年始は

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